【1998年12月3日 国立天文台・天文ニュース(224)】
いまから約6500万年前に、それまで繁栄していた恐竜などたくさんの生物種が絶滅して、地質時代が中生代の白亜紀から新生代の第三紀に移り変わりました。 このときの大量絶滅が巨大隕石の落下によって引き起こされたと考えられ、その隕石の落下地点が、中央アメリカ、ユカタン半島の先端部にあるチクシュルーブ・クレーターと推定されています。 このことは、みなさん、よくご存じのことでしょう。 今回、このとき落下した隕石と思われる破片が、北太平洋の堆積物の中から発見されました。
この破片は、北太平洋の、北緯32度21.4分、東経164度16.5分でおこなった深海底ドリリングで得られた白亜紀、第三紀境界の堆積物中に含まれていました。 たった2.5ミリほどの小さな石のかけらです。 採取地点は、日本とハワイのほぼ中間あたりですが、隕石落下当時は、チクシュルーブ・クレーターの位置から9000キロメートルも離れていたと考えられます。 また、どの大陸からも数1000キロメートルの距離のある地点でしたから、堆積物に大陸の物質が供給された可能性はごく小さいとみていいでしょう。
この隕石破片は、微粒の石基がさまざまな色の角礫を包み込んだ形状のもので、表面には不透明の微粒子がたくさん散らばっているように見えます。 薄片による観察から、各種の大きさの酸化鉄の粒子が多量に含まれていることがわかり、周辺の粘土堆積物とはっきり異なっています。 電子マイクロプローブ分析で酸化ニッケルも検出され、さらに中性子放射化分析もおこなわれた結果、この破片が、化学的にも、岩石学的にも、炭素質コンドライトと分類される隕石であることがはっきりしました。
大気減速をほとんど受けない大きさの天体が高速で地球に衝突すると、衝撃で天体はほとんど溶けてしまうとよく言われます。 しかし、チクシュルーブ衝突の数値シミュレーションからは、直径10キロメートルの隕石が垂直に落下した場合でも、全量の10パーセントは溶けずに残るという結果が出ています。 さらに、その後鮮新世に起こった天体衝突では、最大でセンチ程度からミリ程度の大きさの破片が溶けずに残っていたことが確認されています。 こうした点から見て、隕石の破片が残ることに不思議はありません。 さまざまな可能性を検討した末、もっとも妥当な解釈として、この隕石破片がチクシュルーブ衝突で生じた天体の破片に違いないという結論に達したのです。
炭素質コンドライト隕石が落下する場合は、一般の隕石落下のせいぜい数パーセントに過ぎません。 しかし、小惑星には炭素質と推定されるものがたくさんあります。 低速で衝突したときのほうが溶けずに残る隕石の割合が多いこと、一般に彗星よりも小惑星の方が低速で衝突することを考え合わせると、チクシュルーブ衝突の天体は、彗星ではなく、小惑星であった可能性が大きいと思われます。
参照 | Kyte,Frank T., Nature 396,p.237-239(1998). |