スカイウオッチャー協賛「ヨーロッパ皆既日食観測ツアー・オーストリアコース」は、8月8日から15日の8日間で実施され、家族連れを含む総勢46名が参加した。
8月9日午前中(現地時間)にドイツ・ミュンヘンに到着した一行は、ミュンヘン市街を観光したのちドイツ博物館を見学。体験型展示やプラネタリウムが人気の自然科学の総合博物館である「ドイツ博物館」には、天文関係についてもさまざまな展示物があり、じっくり見たらまる1日を費やしても見きれないほどの迫力だ。とはいえ、ツアーの悲しさ、約2時間ほどで出発しなくてはならない。
ドイツ博物館の外観。
いかにもといった雰囲気を備えた建物で、
風格と威厳をたたえている。展示されて
いるものは、多岐にわたり体験型(すな
わち、触って理解できるような工夫ある
展示物)展示が多いことで有名だ。
天文のフロアには、シュミットが使用し
ていた口径44cmのシュミットカメラが
さりげなく展示されていた。マニアにと
ってはまさにお宝級の逸品だ。
慌ててミュージアムショップへ飛び込むと、そこには日食グッズが山のように積まれ大盛況! Tシャツ、CD-ROM、日食グラス(何たってZEISSのロゴ入りですぜ)、関連書籍などが飛ぶように売れていた。半日しかドイツに滞在しないので5000円分しか両替えしておらず、手持ちが少なかったので「カードでいい?」って聞いてみたが、「こんなに忙しい時に、カードなんか使わないで!」って、レジのお姉さんに怒られてしまった。「今、キャッシュがないんだ。手間をとらせて悪いけど、カードでお願い!」って言ったら、「もともと、カードは扱ってないの!」と言われてしまった。じゃ、はじめからそう言えってえの。
「まあ、ここで無理に買わんでも、オーストリアへ入ってから買えばいいか、どうせドイツ国内で日食見るわけじゃないし…。」などと、無理に自分を納得させつつ手持ちのキャッシュで日食Tシャツと日食グラスを1つずつ買い、中世の街ザルツブルグへと向かったのである。思えば、このとき人から借りてでも大量購入しておくべきだったのだが…後の祭り。
ツアー3日目(10日)は、ザルツブルグの市内観光をしながらの観測リハーサルの日だが、前日までの好天が嘘のような曇り空で夜が明けた。時折、弱いながらも雨が降ってくる。ホテルのフロントに聞いてみると、この地は四方を山に囲まれているせいで、この時期は目まぐるしく天気が変わるのだそうな。午前中は曇りや雨のことが多いが、午後からはスカッとした青空が広がるらしい。ただ、天気の変化はそのままで、夕立ちも珍しくないとのこと。
何はともあれ、ザルツブルグ旧市街での広角写真撮影が目的の私としては、ミラベル庭園、大聖堂、ザルツブルグ城などを見学しつつ、旧市街で日食向きのアングルを探す。ここで、ポイントを2ケ所に絞った。あとは明日の天気次第だ。
ザルツブルグのシンボルは小高い丘の上に立つ
ホーエン・ザルツブルグ城。ここまで来たら、
これを写野に入れた日食写真を撮らない手はな
いだろう。
ところで、ザルツブルグは音楽祭の真っ最中で、街中の至る所に音楽祭関連のポスターや垂れ幕が貼られていたが、どういうわけか日食関連のポスターが全く見当たらない。街の書店やお土産屋を覗いてみても、Tシャツはおろか、日食グラスさえ置いていないのだ。これはいささか拍子抜けといった気分だった。ドイツとオーストリア、同じゲルマン民族でありながら、こうも違うものなのだろうか?ドイツの喧噪が嘘のような静けさだ。ふと、ここは皆既帯に入ってないのではという不安さえ覚えたほど…。結局、日食関連グッズは最後までゲットできなかった(とはいえ翌日の新聞各紙はしっかりゲット)のだ。
午後からは、ザルツブルグから北西に約25km離れた観測地ゼーハムへ足をのばした。さすがに旧市街では赤道儀をセットするのは無理なので、この地に立つホテルの敷地を予約しておいたのだ。目の前には美しい湖が広がり、視界も広く実に美しいところだ。参加者一同その立地条件には十分満足したようだ。皆既時間も2分19秒とザルツブルグ市内に比べて16秒も長い。
下見のあと、ザルツブルグへ戻るバスの中で、当日の観測場所についての確認を行った。旧市街へ行くのは5名で、残り41名はゼーハムへ向かうという。晴れ渡った青空の下で、参加者はそれぞれに明日の日食に思いを馳せている。
いよいよ、皆既日食当日の朝がきた。ホテルの窓から見上げる空は分厚い雲に覆われている。所々に見える雲の切れ目からは青空がのぞき、太陽からの光が長い筋を描いている。朝食を前に皆興奮気味のようで、しきりに天気を気にしている。
午前8時、ゼーハムへ向かう39人(前夜、2名が旧市街へと変更したため)をホテルの前で見送る。皆明るい表情で出発したので、とりあえずは一安心。何とか晴れて欲しいものだ。
午後9時、旧市街組7名(私、木内さん、関根さん、津原さん、伊藤さん、江森さん御夫妻)がホテルを出発。ミラベル宮殿前でバスをおり、機材を抱えてザルツァッハ川の土手に陣取った。この時点で空は厚い雲に覆われ、時折雨粒がポツリ、ポツリと落ちてくるという状況だ。とても機材をひも解く気分にはなれない。
第1接触の直前ころから、徐々に人が集まってきた。皆、日食グラスを手に持ってぞろぞろと…直前に機材をセットし終えた我々7人を物珍しそうに見ながら…次から次へと集まってくる。今や、土手も、ザルツァッハ川に架かる橋も人で一杯になろうとしている。しかし、雲はあくまでも厚く、太陽の光をさえぎったままなのだ。はたしてこのまま皆既を迎えるのだろうか?
第2接触1時間前ころになって、急激に雲が切れはじめた。北の空から順に青空が見えてきた。この分ならゼーハムは晴れているだろう。あとは、青空がどこまで広がってくれるかが問題。ときおり顔を覗かせる太陽は、すでに大きく欠けている。太陽がのぞくたびにあちこちから歓声が上がる。皆日食を楽しんでいるのだ。
45分前には、低空の雲はほとんど消滅、高層雲が残っているのが残念だが、贅沢は言えまい。さらに、太陽が少しづつ明るさを失っていくにつれて、高層雲も姿を消していった。辺りには何ともいえない緊張感がただよいはじめる。第2接触10分前、もう太陽をさえぎるものは何もない。いや、月だけが太陽を大きく隠しているのだ。
そして、現地時間12時40分、太陽は完全に月に覆われた。ザルツァッハ川で遊ぶ鳥たちはいっせいに空に飛び上がり、人々のあげる興奮の叫びが大地を揺るがす地鳴りのような迫力でザルツブルグ市内に響き渡っている。今、この瞬間に、何千、いや何万人もの目が空の一点に注がれているのだ。
第2接触のダイヤモンドリング。
奇跡的に回復した青空の下で数万人の
観衆に歓喜が沸き起こる。
真紅に輝くプロミネンスが月の輪郭にそって、あちこちに見える。小高い丘の上に建つホーエンザルツブルグ城がオレンジ色に染まった空を背景に黒くシルエットになって浮かびあがっている。コロナの広がりは大きく丸く、ところどころに濃密な流線構造がはっきりと見てとれる。
皆既中のコロナとホーエンザルツブルグ城。
この写真を撮るためにザルツブルグ市内に
残ったのだ。
…美しい…あまりにも
終わりはいつも唐突だ。2分3秒間にわたるイベントはいよいよクライマックスに突入する。第3接触の直前にも赤く大きなプロミネンスが姿を現した。肉眼では舌を伸ばしたように見えたが、後で写真で見ると分離して浮かんでいたものだと分かった。そして、美しいダイヤモンドリングの瞬間が訪れた。
第3接触のダイヤモンドリング。
画面の左下には、東に向かって
移動する本影錐が写っているの
が分かるだろう。
群集の歓声はここで頂点に達した。皆既中は肌寒いほどに冷え込んだが、この瞬間に頬に太陽光の暖かみを感じたのは私ばかりではなかったろう。
人々は、誰彼となく肩を叩き合い、抱き合い、そして手を叩いて2分3秒のドラマの終演を讃えていた。そして、観客席からのスタンディング・オベーションに応えるように、太陽は急速にその輝きを取り戻していったのである。
メキシコから来たという青年は「1991年の皆既日食は自宅で見た。その美しさが忘れられずに、ここにきてしまった。今日の日食もまた忘れられない想い出になるだろう。」と語り、私のすぐ隣で見ていたイタリアから来たという2人の美女は、あまりの感動に涙さえ浮かべていた(写真撮り忘れてしまった!もったいない)のである。
ところで、前日の夜、機材チェック中にとんでもない事態が発生。持参した400mm望遠レンズの内部に露が発生、密封されたレンズ面に発生したものらしく、ドライヤーで過熱しても取れなくなってしまったのだ。さらに、カメラ本体にも異常が発生、液晶表示が点滅し、シャッター速度が一切変更できなくなってしまった。バッテリーを交換しても状況は変わらず、リセットしてもだめ。結局、拡大撮影はしたものの、外部コロナは撮れずじまい、ダイアモンドリングもディフュージョンフィルタをかけたようなおかしなものになってしまった。次回からは、バックアップ用のレンズ(あるいは鏡筒)とマニュアルのカメラを用意することにしよう。帰国後、カメラ、レンズ共に入院してしまった。
カメラトラブルのため露出が変えられず、
内部コロナとプロミネンスだけしか写せな
かった。
400ミリ望遠レンズで撮影したダイヤモンド
リング。残念ながらレンズの曇りのせいで、
ディストーションフィルタをかけたような色
にじみが発生してしまった。これはこれでき
れいだけど…単なる負け惜しみか?
さて、皆既日食を堪能した7名で記念写真を撮り、部分食には目もくれず、さっさと片づけをすませ、ホテルに引き上げたところで、ザルツブルグ市内は激しい雨に包まれた。その豪雨の中で、ゼーハムからの悲報を聞いたのだ。ホテルの部屋からゼーハムのホテルに電話したところ、「現地は皆既の前後だけ曇った」というのだ。
観測に成功した7人で記念撮影
(右上は現地ガイドの阿部さん)
「皆さん、いま昼食中ですが、やはり雰囲気は暗いです。私もかなりくやしいです。」ツアーを主催した近畿日本ツーリストの添乗員で、ゼーハム組に同行した田谷さんの声が、電話の向こうでかなり落ち込んでいる。
「まあ、仕方ないでしょう。残りの観光を十分エンジョイしてもらいましょう」としか言えない私。「ここからは、スカイウオッチャー協賛『ザルツブルグ・ウィーンで見るペルセウス座流星群観望ツアー』」に企画変更しましょう。みんなでペルセ群見ながら憂さを晴らしてもらいましょう」。とは言ったものの全然慰めになってない。
午後4時ごろ、ゼーハム遠征組がホテルに到着する。バスから降りる足取りが重く、表情も固い。「どうでした?」「ええ、おかげさまで…晴れました。そちらは残念でしたね」「はい」会話がはずまない。それでも、みなさん想像以上に冷静だったので、ちょっとだけ救われた気分だった。
その日は、午後からは自由時間でツアーのみなさんはザルツブルグの旧市街へと出かけていった。コンサートを見たり、ショッピングを楽しんだりと、日食の憂さを晴らすことに気分を費やしたことだろう。私といえば、添乗員の田谷さんと二人で、その晩のペルセ群観測のための下見に出かけたのであった。ホテルから約10分ほどのところに大きな公園があったのだが、視界が悪くパス。結局、ザルツァッハ川にかかる小さな橋がロケーション最高で、視界は360度クリア。南東の山の中腹にはいかにも中世ヨーロッパを思わせる古城風の建物まであって、写真を撮るにもいい場所だ。空は快晴で数時間前の豪雨が嘘のようだった。
集合時間の午前1時、ロビーには30名近くが集まってきた。しかし…外は雨。残念ながらこの日のペルセ群観測は中止となった。
12日はザルツブルグからウィーンへの移動日。朝一番に起き、散歩を兼ねて近くの駅のスタンドへ向かう。もちろん新聞を購入するためだ。スタンドに並んだ新聞を片端から抜き全部で10紙を購入した。スタンドのお姉さん達が目を丸くして「本当に全部買うの?」っていうから、「日本へのお土産だ!」って言ったら、にっこり笑いながら大きな手提げ袋を取り出して「これ、サービスね!」と言いながら手渡してくれた。
「昨日の日食見た?素晴しかったわね。私達はこのお店の前で見たけど、とてもエキサイティングだった!」
あーあ、ホテルからも見えたんだ。
ふと、マガジンの棚に目をやると「11.8.99」の文字が目に入った。取り上げてみると、CD-ROMと日食グラスのセットだ。日食グラスには「ZEISS」のロゴが入っている。CD-ROMは「RedShift3」の日食特別バージョンである。棚にあった2部を確保し、「これ、もっとないか?」と聞いてみたが、「それで最後よ」ということだったが、ようやくお土産をゲットした。
バスの中では日食疲れと前夜の疲れからか、みなさんかなり静かだった。それでもザルツカンマーグートの湖沼群や、「サウンドオブミュージック」の舞台となった教会を観光し、ウィーンへ到着。宿泊先のホテルが急遽変更になるというトラブルはあったものの、美しい街並にみな満足そうだ。
映画「サウンドオブミュージック」の
舞台となった教会の内部。
そして、その日の晩ようやく「ペルセ群観望会」が行われた。とはいえ、ウィーンはザルツブルグに比べたら大都会で、夜空も明るい。街中にはたくさんの街灯があって、観測できる場所を確保することはほとんど無理。市内の公園はどこも夕方以降は閉門されてしまうという。ホテルのフロントの話では、30kmも移動すれば暗い空が広がっているとのことだが、夜中に30人も連れてそんな遠くまで移動するのは不可能だ。
結局、ホテルの中庭を借りての観望となった。中庭といってもさほどの広さがあるわけでなく、四角い空を見上げての観望だからいささか頼り無い。しかも、客室に面しているので声を出してはならないという制約まで課せられたため、盛り上がらないことこのうえない。
流星観望なんて、飛ばないといっては騒ぎ、飛んだら飛んだで大騒ぎっていうスタイルが目一杯楽しいのに、声が出せないなんてまるでお通夜のような雰囲気。さらに、ウィーンの夜空ときたら東京の空と全く変わらないほど明るい。それでも、3等星がようやく見えるという悪条件ながらいくつかの明るい流星を楽しむことができた。
13日はウィーンの市内観光。世界遺産であるシェーンブルン宮殿や、ハプスブルグ家のホーフブルグ王宮などを見て回った。解散後、ウィーン自然史博物館を訪れたが、ここの隕石コレクションはとくに素晴しかった。閉館間際に飛び込んだためじっくりと見る時間はなかったが、いつかぜひゆっくりと訪問してみたいところだ。
ウィーンの自然史博物館。ため息の出そうな
美しい建物だが建物だけでなく中はもっと凄
い。ぜひゆっくりと訪れてみたい博物館だ。
この晩もホテルの中庭での「ペルセ群観望会」が行われた。天気は前日より良かったが、やはり東京並の空では多くは望めない。それでも、みなゆったりと流星花火を楽しんだようだ。
こうして、今回のツアーは終了した。たしかに多くの人は皆既日食を見ることはできなかったが、それでも、ザルツブルグでのコンサート鑑賞やウィーンでのオペラ鑑賞など、十分にツアーを楽しんでいただけたものと思う。またいつかどこかで、今回参加してくださった方とお会いしたいものである。それははたして「オーロラツアー」なのか「すばる望遠鏡ツアー」なのか、はたまた「2001年マダガスカル皆既日食ツアー」なのか、今からとても愉しみである。
(ツアー同行 アストロアーツ 大熊正美)