火星内部の環境を地球で再現、組成を決める鍵となるか

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火星の核における高温高圧状態を再現した実験により、火星核と似た環境を伝わる地震波の速度が精密に測定された。この結果を探査機「インサイト」が直接調べている「火震」と比較することで、核の組成を特定したり火星の起源を探ったりできるかもしれない。

【2020年5月20日 東京大学

火星は地球の次に研究が進んだ惑星であり、探査がさかんに行われている惑星でもある。これまで行われてきた地球物理的観測や火星由来とされる隕石の研究から、火星にも液体鉄-硫黄合金でできた金属核(コア)が存在すると考えられてきた。火星核の化学組成は火星の起源と深く関わるものだが、これまで内部探査が行われてこなかったため、火星内部の構造や化学組成に関してはいまだによくわかっていない。

2018年に火星に着陸したNASAの探査機「インサイト」は地震計を用いて内部構造探査を行っており、すでに数多くの「火震(火星の地震)」が観測されている(参照:「インサイトが「火震」らしい信号を初検出」)。現時点では火星の浅い部分を通った地震波しか観測されていないが、核を通過した地震波を観測することができれば、その地震波速度を知ることができる。

地震波速度の観測から火星核の物質を特定するには、あらかじめ実験室でその物質における音速(振動が伝わる速度)を、核と同じ高温高圧条件下で測定しておく必要がある。しかし、火星核の最上部(地表から約1600km、中心から約1800km)でも圧力は20万気圧に達すると予想される一方、10万気圧を超える高圧下で音速を測定するには技術的な課題が多く、これまでの実験は8万気圧以下に限られていた。

東京大学(研究当時)の西田圭佑さんたちの研究チームは、高圧実験技術と超音波測定技術の高度化を進め、火星核の最上部の環境に相当する20万気圧2000度という高圧高温の極限条件下において、精密に液体鉄-硫黄合金の音速を測定し、圧力・温度・硫黄量依存性を明らかにすることに世界で初めて成功した。

西田さんたちは高圧発生装置として川井型マルチアンビルプレスを用い、大型放射光施設「SPring-8」と放射光実験施設「フォトンファクトリー(PF)」において、試料の中を超音波が伝わる時間とその長さを同時に計測することで音速を求めた。

鉄-硫黄合金の超音波信号とX線画像
13万気圧における鉄-硫黄合金(Fe80S20)の超音波信号(左)とX線画像(右)(提供:プレスリリースより、以下同)

その結果、火星核と同じ条件(約20~40万気圧)では、音速は温度や硫黄含有量にほとんど依存せず、圧力もしくは深さのみで決まることが明らかとなった。つまり、火星の核が鉄だけでできているか、鉄の他に硫黄しか含まれない合金であれば、インサイトが観測する地震波の速度は今回の実験と一致するはずだ。一致しなかった場合は、硫黄以外の不純物が含まれていることを意味する。

火星核条件での液体鉄-硫黄合金の音速
硫黄量を関数としてプロットした火星核条件での液体鉄-硫黄合金の音速(紫色)。オレンジの領域は過去に見積もられた核中の硫黄量。液体鉄-炭素合金の測定値は緑、液体鉄-ケイ素合金の測定値は灰色で示されている

硫黄以外の不純物として想定される重要な元素はケイ素と酸素である。両者は火星のマントルの主成分であり、それが核にも混ざっているとすれば、火星が過去に微惑星による巨大衝突を経験してどろどろに融けていたことを示唆する。

現在JAXAで進めている火星衛星探査計画「MMX」では、火星の2つの衛星フォボスとダイモスの起源の解明も目的の一つとなっている。火星も地球と同じように巨大衝突を経験し2つの衛星が誕生したのか、それとも火星の重力によって微惑星が捕獲されただけなのか、MMXミッションと今回の手法を組み合わせることで、火星系の形成プロセスの理解につながる成果が得られると期待される。