火星大気中の塩化水素を全球で検出
【2024年7月24日 東京大学大学院新領域創成科学研究科】
塩化水素(HCl)は水素と塩素の化合物で、その水溶液は塩酸としておなじみだ。地球の大気ではオゾン層を破壊する働きがあるとされ、金星では雲の生成に関わっている。火星では、2021年にヨーロッパ宇宙機関とロシアの「エクソマーズ(ExoMars)」の周回機「TGO」の観測で塩化水素が大気から初めて検出され、火星で何らかの塩素の循環が起こっているとみられている。
東京大学の青木翔平さんたちの研究チームはTGOのデータを解析することで、火星でどのように塩化水素が生まれたり消えたりしているのかを探ってきた。これまでの研究で、水蒸気から生成される分子が関わって塩化水素が生成され、水蒸気が凝結して雲ができる際に塩化水素が取り込まれて減る、といった働きが起こっているらしいことがわかっている。
こうした塩化水素の生成・消滅過程を完全に理解するには、火星の全球にわたる塩化水素の分布を知ることが大事だ。しかし、TGOでは太陽を光源にして大気のスペクトルを得る「太陽掩蔽観測」という手法を使っていたため、全球を広く観測したり、低緯度の地域や地表面付近の大気を調べたりすることが難しかった。
そこで青木さんたちは、2020年の火星と地球が接近した時期に米・ハワイ・マウナケア山頂のNASA赤外線望遠鏡施設(IRTF)の望遠鏡を使い、火星の地表面に近い大気に含まれる塩化水素の全球分布を調べた。
観測の結果、火星の塩化水素を検出することに成功し、低緯度域を含む火星全球に塩化水素が広く存在すること、とくに南半球の高緯度域に塩化水素が多く存在することが明らかになった。場所によって塩化水素の量に違いがあるのは、塩化水素が局所的に生まれたり消えたり、また大気の循環で運ばれたりしているせいだと考えられる。また、塩化水素が大気中の水蒸気の量と強く関係していることが示され、水蒸気が塩化水素を生成・消滅させる過程に重要な役割を果たしていると考えられる。
今回の観測時期は火星の南半球の夏にあたり、南極域の氷が昇華して水蒸気が大気中にたくさん供給される時期だ。この水蒸気が太陽光で分解されてOHやHO2といった分子が生成され、これらの分子によって、塩素を含む塩(過塩素酸塩)が多く含まれる塵の粒子が酸化され、塩素分子(Cl2)が生じる可能性が考えられる。さらに塩化水素も、HO2とCl2の光化学反応から生成される。
こうしてできた塩化水素が南半球から北半球へと大気の循環で運ばれ、水蒸気が凝結して雲ができるときに塩化水素が吸収される——という、火星全体での塩化水素の生成・消失のしくみが存在するのかもしれない。
火星の地表にある過塩素酸塩は反応性が強く、生命に有害な物質だ。今回の研究で見えてきた大気中の塩素循環は、地表面に存在する塩がどのように生成されたのかを明らかにする手がかりにもなるだろう。
〈参照〉
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科:火星大気に存在する塩化水素の全球分布取得に成功
- The Planetary Science Journal:Global mapping of HCl on Mars by IRTF/iSHELL 論文
〈関連リンク〉
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