未知の素粒子「アクシオン」か、予想より多い電子反跳を検出

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イタリアのダークマター検出実験で、電子反跳と呼ばれる現象が予測より多く検出された。未知の素粒子「アクシオン」が原因かもしれないという。

【2020年6月19日 カブリIPMU

ダークマター(暗黒物質)は、質量を持っていて重力を及ぼすものの、光(電磁波)を出したり吸収したりすることがなく光学観測では見つからない謎の物質だ。銀河・銀河団の研究や宇宙マイクロ波背景放射の観測から、ダークマターは原子や電子などの「普通の物質」より5倍も多く宇宙に存在していて、宇宙の全エネルギーの約1/4を占めるとされている。

現在有力な仮説では、ダークマターは素粒子物理学の標準的理論(「標準模型」)に登場しない、未知の素粒子ではないかと考えられている。そこで、ダークマター粒子を直接検出しようという実験が世界各地で行われている。伊・グランサッソ国立研究所の地下で2006年から続けられている国際共同プロジェクト「XENON」もその一つだ。2016~2018年に3代目の装置「XENON1T」による観測が行われ、データ解析が現在も続いている。

XENON1T
「XENON1T」の中心装置「TPC」。円筒形のチェンバーの内部に3.2tの液体キセノンが入っている。チェンバー内部で生じた蛍光は底の光電子増倍管で検出される。キセノン原子からはじき飛ばされた電子は装置の上部にあるキセノンガスの貯留部分に導かれ、ここでも蛍光が検出される。装置全体はステンレス製の容器に格納され、直径約10mの純水タンクの中に置かれる(提供:XENON Collaboration)

XENON1Tの実験装置は3.2tの超高純度の液体キセノンで満たされている。ダークマターは普通の物質とほとんどぶつからずに通り抜けてしまうが、大量のキセノンを長期間にわたって監視していれば、ごくまれにキセノンの原子にダークマター粒子が衝突すると期待される。ダークマターが衝突するとキセノン原子は大きなエネルギーを得て蛍光を発したり、原子核の周りを回る電子が電離されたりする。この蛍光や電子をとらえるのがXENON実験の目的だ。

XENON1Tには、キセノンの原子核に何らかの粒子が衝突してエネルギーを与える「原子核反跳」という現象と、キセノン原子核の周りを回る電子がはじき飛ばされる「電子反跳」と呼ばれる現象をとらえる能力がある。ダークマター粒子の衝突は原子核反跳を引き起こすが、これまでのところ、ダークマター粒子によると思われる原子核反跳はまだ一度も見つかっていない。

もう一方の電子反跳は、装置自体に含まれる放射性物質やキセノン中の不純物から出る放射線によっても起こるため、背景ノイズとして数多く観測されている。そこで、XENON実験の国際共同研究チームでは、2017年2月からの1年間で得られた電子反跳のデータを詳しく調べた。すると、すでにわかっているノイズ源から予想される発生数を上回る電子反跳が観測されていることがわかった。

電子反跳のスペクトル
「XENON1T」で観測された電子反跳のスペクトル。横軸が衝突のエネルギー、縦軸が事象の数を表す。黒のデータ点が観測された電子反跳の数で、赤色の線は既に知られている様々なノイズ源から生じるはずの背景ノイズを足し合わせた予測数。エネルギーが5keVより低い領域で、既知の背景ノイズ源だけでは説明できないほど多くの事象が観測されているように見える(提供:XENON Collaboration

この予想外に多い電子反跳の原因として、研究チームでは以下の3つの可能性を考えている。

  • (A)キセノン中に不純物として存在するトリチウム(三重水素)から出る放射線(β線)の電子がキセノンの電子にぶつかった。
  • (B)「アクシオン」と呼ばれる未知の素粒子がキセノンの電子にぶつかった。
  • (C)ニュートリノがキセノンの電子にぶつかった。

(A)の場合、キセノン原子の1025分の1ほどの数のトリチウムが混ざっていれば、今回の事象を説明できるという。

(B)のアクシオンは、クォークの間に働く「強い力」に関する実験結果と標準模型の食い違いを解決するために提唱されている素粒子だ。質量が数keV(陽子の100万分の1程度)のアクシオンが太陽の内部でたえず作られているとする仮説があり、今回観測された「予想外に多い電子反跳」の特徴は、太陽アクシオンがキセノンの電子に衝突した場合とよく似ているという。

※誕生直後の宇宙で大量に生成されたアクシオンがダークマターの正体だとする仮説もあるが、ダークマター候補とされるアクシオンは質量が数μeV(陽子の100兆分の1ほど)と非常に小さく、XENON1Tで検出を狙っているダークマター粒子(WIMP)とは別物だ。

(C)のニュートリノ説は、ニュートリノの「磁気双極子モーメント」(磁石としての強さ)と呼ばれる量に関係している。標準模型では、ニュートリノは質量が0で磁気双極子モーメントも0だとされているが、近年の研究でニュートリノはきわめて軽いながらも質量を持つことが確認されている。もしニュートリノが磁気双極子モーメントについても、標準模型とは異なる大きな値を持つとすると、ニュートリノによる電子反跳が起こりうる。

ただし、今回の現象は原因のわかっている背景ノイズがたまたま多めに生じただけだという可能性ももちろんある。研究チームでは、太陽アクシオン説を考えた場合、今回の結果が既知のノイズ源によって偶然生じた可能性は約0.02%(=有意水準が3.5σ)と見積もっている。かなり有意性が高いようにも思えるが、素粒子物理学の分野では、着目している事象が偶然生じる確率を0.000028%以下(=有意水準が5σ以上)まで抑えないと「検出」とはみなされないため、この結果からアクシオンが存在すると結論づけることはできない。だが、もし発生源が(B)または(C)であれば、いずれも現在の標準模型を超える新たな物理学の構築につながる重要な発見となる。

XENON実験では、キセノンを8.3tに増やした4代目の装置「XENONnT」にアップグレードする作業が現在進められている。XENON国際共同チームの日本グループのリーダーを務める東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)のKai Martensさんは、「カブリIPMUはXENON1Tの暗黒物質探索において重要となる2つの背景事象の対処に貢献しています。それにより、世界が検出の難しい暗黒物質を発見する一歩に近づけることを願っています」とコメントしている。

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