火星の水は地殻に閉じ込められている
【2021年3月23日 NASA JPL/カリフォルニア工科大学】
数十億年前の火星表面には豊富な水が流れ、湖や大洋を形作っていたことが地質学的な証拠からわかっている。当時の火星には、100~1000mの深さで全球を覆えるほどの大量の水が存在したと考えられていて、これは大西洋の海水の量の約半分に達する。しかし、現在の火星の表面には膨大な量の水は見当たらず、両極の極冠などに水の氷がわずかに存在するのみだ。
この「消えた水」は、火星の重力が小さいために、大気から少しずつ水蒸気が宇宙空間に逃げ出して失われた、というのがこれまでの定説だった。しかし近年では、火星の大気から水蒸気が逃げ出したとするモデルでは、太古に存在した膨大な量の水を全て失うほどの減少ペースにはならないことが指摘されている。
このことは、火星の大気に含まれる重水素と普通の水素の比率(D/H)の観測からわかってきた。普通の水素原子の原子核は陽子1個からなるが、宇宙に存在する水素原子の約0.02%は、陽子に中性子が1個結びついた重水素と呼ばれる同位体になっている。火星の大気では、太陽光によって水分子が水素と酸素に分解され、この水素が宇宙空間に逃げ出すことで水が失われていくが、重水素は普通の水素の約2倍重いので、普通の水素の方が重水素よりも宇宙空間に逃げやすい。つまり、火星大気のD/Hを調べれば、どのくらいの水が大気から逃げ出したのかを見積もることができる。
こうした研究から、太古の火星にあった水は一部が大気から逃げ出したと考えられるものの、このメカニズムで「消えた水」の全てを説明できるほどではないとされているのだ。そのため、現在でも火星には、目に見えない何らかの形で大量の水が残っているのではないかと考えられている。
米・カリフォルニア工科大学のEva Schellerさんたちの研究チームは、NASAが過去に行った様々な火星探査ミッションのデータや火星由来の隕石の分析結果を使い、過去の火星に気体(水蒸気)・液体・固体(氷)の状態で存在した水の量を時代ごとに見積もって、現在の火星の大気・地殻の化学組成とともにモデル化した。
Schellerさんたちは、火星から水が失われるメカニズムとして、大気から水が逃げる過程だけでなく、火星の地殻の鉱物の中に水が取り込まれるという過程も働いたと考えると、火星大気のD/Hの観測値や太古の水の存在量など、全てを自然に説明できることを示した。今回得られた結果によると、太古の火星に存在した水の30~99%は地殻の鉱物の中に取り込まれていて現在も存在するという。
今年2月に火星に着陸したNASAの探査車「パーサビアランス」は、太古の微生物の痕跡を探すことを目標の一つとしている。Schellerさんたちの研究成果は、パーサビアランスが火星のサンプルを採取し、現在計画されている「マーズ・サンプル・リターン」ミッション(MSR)でサンプルを地球に持ち帰る上でも助けとなることだろう。
〈参照〉
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