原子核をつなぐパイ中間子が軽い仕組みを理論的に証明
【2021年6月28日 カブリIPMU】
水素を除くあらゆる元素の原子核は、複数の陽子と中性子が「パイ中間子」の媒介する強い力で結びついている。同じ正の電荷を持つ陽子同士の間には電磁気力による反発力が生じるが、陽子の間を飛ぶパイ中間子が伝達する強い力はその電磁気力をはるかに上回る。これはパイ中間子の質量が極めて軽いからこそ成り立つことだ。仮にパイ中間子が重すぎたなら、陽子や中性子の間で強い力が届かなくなり、陽子1つで原子核を成す水素以外の元素は存在できなかっただろう。
パイ中間子を理論的に提唱したのが湯川秀樹で、その後実在が確認されたことで1949年にノーベル物理学賞を受賞している。中間子は素粒子であるクォークと反クォークが1つずつ結合した粒子で、クォークの種類に応じていくつもの中間子が存在するが、パイ中間子はその中でも極端に軽いのが特徴だ。一方、陽子や中性子も3つのクォークが集まってできているが、その質量はクォーク3つの合計よりもはるかに大きい。南部陽一郎は1960年代にこうした現象を「カイラル対称性の自発的破れ」で説明し、その功績で2008年にノーベル物理学賞を受賞している。
カイラル対称性とは、強い力を記述する理論である量子色力学(QCD)に登場する概念で、クォークが持つ特定の性質が入れ替え可能な状態を指す。この対称性が破れることでエネルギー的により安定した状態に移行するのが「対称性の自発的破れ」で、陽子や中性子の質量は大部分がカイラル対称性の自発的破れの結果として生じている。さらに南部は自発的破れによって生じる粒子こそがパイ中間子だと予言していた。最も安定したエネルギー状態から生まれているので理論上の質量はゼロとなる。現実のパイ中間子はクォークそのものが持つ質量の効果を得るが、それでも他の中間子と比べて質量が小さいことが説明される。
ただし、パイ中間子に関するこの予言はこれまで厳密には証明されていなかった。強い力が持つ性質のため、クォークを単独で取り出すことはできず、QCDの研究には困難が伴うからだ。これまでは、スーパーコンピューターによる数値計算で予言が確からしいことを示唆するのが限界だった。
これに対して東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の村山斉さんはパイ中間子質量の予言を手計算で証明することに成功し、論文で発表した。村山さんは、素粒子において「超対称性」と呼ばれる対称性が成り立つ場合にQCDを拡張した「超対称QCD」という理論を用いて計算を行った。現実世界では超対称性は破れているように見えるが、その仕組みとして村山さんは1998年に共同研究者と「アノマリー媒介機構」という仮説を提唱している。これを適用することで、超対称QCDの枠組みで得た解を現実世界のQCDへとつなげ、南部の予言を証明した。
これまでQCDの研究がスーパーコンピューターによるシミュレーションに頼らざるを得なかったのに対して、理論的な手計算で成果を挙げたことは、QCDの研究の困難さを解消することにつながることも期待される。
「QCD理論から南部先生の理論を導くことは難しい問題として60年も残されてきましたが、今回成功して大変興奮しています!この強い力を理解しようとする営みは、『なぜ我々が存在するのか?』という問いに対する答えを明らかにしたいという、私が長年追い求めてきた課題の一部です。物理学が、この何千年にもわたる問いに答える日はそう遠くないかもしれません」(村山さん)。
〈参照〉
- カブリIPMU:強い力が軽いパイ中間子を生み出す仕組みを明らかに - 南部陽一郎博士の予言を理論的に証明
- Physical Review Letters:Some Exact Results in QCD-like Theories 論文
- アノマリー媒介機構を提唱した過去の論文:
- Journal of High Energy Physics:Gaugino mass without singlets
- Nuclear Physics B:Out of this world supersymmetry breaking
〈関連リンク〉
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