ビッグバンで生成されるリチウム量の矛盾、解決へ一歩前進

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ビッグバン時の高温高密度状態で生成されるリチウムの量に理論と観測で3~4倍の隔たりがある問題で、原子核反応の実験でわずかながらもその差が埋められることが示された。

【2021年7月7日 東京大学大学院理学系研究科・理学部

宇宙誕生直後に存在した元素の大部分は最も軽い水素だが、ビッグバンによってちょうどいい高温高密度状態が一時的に存在したことで、多少のヘリウムとごくわずかなリチウムなどが生成されたと考えられている。このプロセスは「ビッグバン元素合成」と呼ばれ、理論的に計算できる元素の量が観測とよく一致するため、ビッグバン理論の裏付けにもなっている。ただし、リチウムの同位体であるリチウム7(7Li)だけは、理論的な推定値が観測に基づく値の3~4倍になってしまう。この「宇宙リチウム問題」は長らく未解決だった。

ビッグバン元素合成は20分程度続くが、その間に合成される7Liは後に残らない。すぐに陽子と反応して2つのヘリウム4に分解してしまうからだ。一方で、同じ質量数7を持つ放射性核種ベリリウム7(7Be)も合成され、これが20分のうちに分解されずに残り、半減期53日で7Liに変換される。このことから、宇宙に残される7Liの量を計算するには、20分間で作られる7Beの量を計算すればよい。

東京大学大学院理学系研究科 附属原子核科学研究センターの早川勢也さんたちの研究チームは、合成された7Beが高温高密度状態の中で分解してしまう反応に注目した研究を行った。

分解反応の中で一番影響力が大きいものとして、7Beに中性子が衝突して7Liと陽子になる過程(7Liは直後に分解される)は既に長らく議論されている。こうした従来の議論では、生成後の7Li原子核が基底状態(陽子や中性子の間に働く強い力によるエネルギーが最も低く安定した状態)となる反応しか考慮していなかったため、早川さんたちは7Liが一段階エネルギーの高い第一励起状態になる場合も考慮に入れて分析を行った。

反応過程
ビッグバン元素合成(BBN)で重要な反応過程と、本研究で測定した反応過程(赤の矢印)の役割(提供:東京大学大学院理学系研究科リリース、以下同)

研究チームは理化学研究所の仁科加速器研究センターのAVFサイクロトロンからビーム供給を受ける、東京大学大学院理学系研究科 附属原子核科学研究センターの低エネルギー不安定核生成分離装置「CRIB(Center-for-Nuclear-Study Radioactive Isotope Beam separator)」を使い、7Beに中性子が衝突する反応の断面積(反応を起こす確率を表す量)を実験室で測定した。

ただし、7Beも中性子も不安定なので、両者を実際にぶつけるのは難しい。そこで、中性子の代わりに陽子と中性子が1つずつ結びついた重水素を使い、重水素中の中性子だけが7Beと反応して陽子は何もしない傍観者のように振る舞うことを利用して反応断面積を計算した。これは宇宙核物理学の実験で「トロイの木馬法」と呼ばれる方法の応用だ。実験室の環境ではターゲットが城壁に囲まれたかのように陽子や中性子を阻む場合でも、重水素原子核はこれを乗り越えて目的の反応が実現できることを、トロイ戦争でギリシア軍が木馬に兵士を隠してトロイ城に送り込んだ故事になぞらえた命名である。

実験セットアップとトロイの木馬法の概念図
(左)実験セットアップ、(右)トロイの木馬法の概念図

早川さんたちは今回の研究から、7Be(そして高温高密度状態が終わってから生成される7Li)が1割ほど減る可能性を示した。理論と観測の間に大きな差があるという宇宙リチウム問題に対して、今回の結果は理論的な推定量を1割減らしただけではあるが、ビッグバン元素合成の他の条件を変えずに減らすことができたのは問題解決に向けた一歩前進だと考えられる。