うみへび座銀河団で発見された謎の電波放射

このエントリーをはてなブックマークに追加
1.5億光年彼方のうみへび座銀河団に、これまで報告されていない広がった電波放射が発見された。放射の機構は未解明だが、銀河団の性質や進化の理解につながる重要な手がかりとなる可能性がある。

【2024年4月10日 国立天文台水沢

銀河団は数百個から数千個もの銀河の集まりで、直径数億光年にも達する宇宙最大の天体だ。こうした銀河団は互いに衝突、合体を繰り返すことで大きくなっていくが、衝突の際に銀河団の重力エネルギーが変換されて数億度の高温プラズマや磁場、光速に近い速さの電子(宇宙線)が生じると考えられている。そこで、銀河団同士の衝突は、銀河団の進化や高エネルギー宇宙線の起源を解明する上で重要な研究対象となっている。

うみへび座の方向約1.5億光年の距離に位置するうみへび座銀河団(ACO 1060、Abell 1060)は、北天では私たちに最も近い銀河団である。これまでに多数の観測や研究が行われており、過去数十億年間に衝突や合体を経験したことを示唆する結果が得られている。一方で、衝突等に起因した高エネルギー宇宙線やX線を放つ高温ガスからなる特異な空間構造といった観測的な証拠は見つかっておらず、これらの点は大きな謎であった。

国立天文台水沢VLBI観測所の藏原昂平さんたちの研究チームは、インドの巨大メートル波電波望遠鏡GMRT(Giant Metrewave Radio Telescope)が2010年12月に観測した銀河団のデータを解析し、うみへび座銀河団中にこれまでに報告されてされていなかった広がった電波放射を発見した。さらに、西オーストラリアのマーチソン広視野電波干渉計MWA(Murchison Widefield Array)の観測データアーカイブにも、より低い周波数で同じ領域に電波放射があることを確認した。

うみへび座銀河団
GMRTで観測された、うみへび座銀河団の電波強度。画像中央が発見された電波放射。等高線は天文衛星「XMMニュートン」で観測されたX線の表面輝度分布を示す(提供:Kurahara et al., Radio:uGMRT, X-ray:ESA/XMM-Newton)

藏原さんたちは可視光線やX線など多波長にわたる観測データを調べたが、この電波放射に対応する天体は見つかっていない。銀河団に見られる広がった電波放射領域「電波レリック」や「電波ローブ」の可能性も議論されたが、既知の電波源として明確に説明できないと結論づけられた。研究チームが「オオコウモリ(Flying Fox)」と名づけたこの放射領域の構造は細長いリング状で、中心に棒状の形も見られる。コウモリの翼に当たる部分は約22万光年にまで広がっている。

オオコウモリ
「オオコウモリ」の様子。頭に当たる部分が南西を向き、両翼の先は銀河団中心の銀河「NGC 3311」と銀河団南東の銀河「NGC 3312」に隣接しているように見える。画像右上のスケールバ-の50kpcは約16万光年(提供:Kurahara et al.)

ヨーロッパ宇宙機関のX線天文衛星「XMMニュートン」の観測データからは、「オオコウモリ」を含む領域の重元素量がやや高いことが示されている。銀河団中心に位置する銀河付近から重元素の多い高温ガスが「オオコウモリ」とともに湧き上がってきた可能性を示唆するものだ。X線分光衛星「XRISM」による観測、検証が望まれる。

今後、同様の電波放射がより多くの銀河団でとらえられれば、銀河団の進化や宇宙線の加速メカニズムの理解につながり、銀河団の膨大な重力エネルギーの変換の仕組みも解明されるだろう。