ブラックホール連星はくちょう座V404星がアウトバースト
【2015年6月29日 VSOLJニュース(320)】
著者:大島誠人さん(兵庫県立大学西はりま天文台)
「X線新星」と聞くとどんな天体を思い浮かべるでしょうか。X線や新星という名前は耳にしたことがある方でも、この2つがつながった「X線新星」となると、なじみがない人も多いかもしれません。
X線新星は、中性子星またはブラックホールが通常の恒星と近接連星を成している系で起こる活動現象の一つです。2つの星の間の距離が非常に近い連星系の常で、恒星の外層は中性子星やブラックホールへ向かって流れ出しており、円盤を介した降着を示しています。これは、矮新星をはじめとする激変星で起こっていることにそっくりですが、主星が白色矮星ではなく中性子星やブラックホールなどより密度の高い天体であるという違いがあります。
このような円盤での降着現象も激変星の場合と同じく、安定して降着するのではなくときどき急激に物質が降着するフェイズを持つことがあります。激変星の場合これは矮新星アウトバーストとして観測されます。しかしX線連星の場合、中心天体がより高密度であるために円盤が形成されている半径の重力ポテンシャルの深さは激変星の場合よりはるかに深くなります。そのため、矮新星の場合と比べてエネルギーの高いX線を主に放出します。そのため、X線新星と呼ばれます。新星と名がついているものの、いわゆる新星爆発とは別物であることにご注意ください。もっとも、このX線の一部は円盤に再び吸収されて再放射されたり、円盤からシンクロトロン放射が放射されたりすることにより、可視光でも明るくなります。このようなブラックホール連星における大きな変動がとらえられたケースとして、いて座V4641星があります(VSOLJニュース 90「マイクロクエーサー V4641 Sgr の突発増光」)が、後述のとおり今回明るくなったはくちょう座V404星(V404 Cyg)でもやはり同様と思われる変動が報告されています。
はくちょう座V404星は1938年に発見された古い新星です。その後しばらくの間はあまり注目を集めることもなかった天体ですが、1989年にX線天文衛星「ぎんが」がX線で明るくなっているところを発見し、この天体の増光が新星爆発ではなくX線新星のアウトバーストであることを確認しました。このアウトバーストの際に可視光でも再び12等まで明るくなり、各地で観測がなされました。その後の研究で、この系の持つ高密度天体は中性子星ではなくブラックホールらしいことがわかり、ブラックホール連星としても知られるようになりました。現在のところ、太陽系からもっとも近いところ(約7800光年)にあるブラックホールだと考えられています。
X線新星であることが明らかになったあとに過去に撮影されたプレートの捜索がなされ、さらに数回のアウトバーストが起こったことが確認されており、突発的天体のモニター観測をしている観測者によって次のアウトバーストが待たれていたものです。
今回のアウトバーストは、6月15日にX線衛星のSwiftによって、はくちょう座V404星の位置にX線で明るくなっている天体があると報告されたことに始まります。これを受けたアテネ国立大学のKosmas Gazeas氏らによって可視光線でのフォローアップ観測がなされ、12.65等(R等級)まで明るくなっていることが明らかにされています。このフォローアップ観測の終了時には15.43等(R等級)まで暗くなっていましたが、その後ベルギーのE. Muyllaert氏によって6月16.1668日(16日4時ごろ)に、16.18等(CCDノーフィルター)で見えているとの報告がされました。これを受けて、フランスのD. Barrett氏が追観測を行い、13.1等(V等級)とさらに明るくなっていることを報告しました。Muyllaert氏の観測は一旦暗くなったところをとらえたものだったようです。
その後この天体はさらに明るくなり、眼視等級でときに11等台に達することもあるようです。やや赤い色をしているため、CCDノンフィルターやR等級などではさらに明るい数字が報告されています。また、短いタイムスケールで大きな変動を示す天体なため、特にアウトバースト直後は1~2時間で3等級ほど明るさを変化させることもありタイミングが悪いと16等くらいまで暗くなってしまっていることもありましたが、アウトバーストから数日が経過しこのような大きな変動はすこし収まってきたようです。眼視観測などでこの天体を見ようと思う方には、これからがちょうど狙い目といえるでしょう。
参考文献
- vsnet-alert 18735, 18737, 18738
- VSOLJニュース 90「マイクロクエーサー V4641 Sgr の突発増光」
〈参照〉
- VSOLJ: もっとも近いブラックホールを持つ連星系、はくちょう座V404のアウトバースト
- GCN CIRCULAR: 17929 Swift trigger 643949 is V404 Cyg Swiftの報告
- ATel: #7646 MAXI/GSC detection of a new outburst from the Galactic black hole candidate GS 2023+338 (V* V404 Cyg)
〈関連リンク〉
- 日本変光星研究会: http://nhk.mirahouse.jp/
- アストロアーツ:
- 星ナビ.com 新天体発見情報
〈関連ニュース〉
- X線新星
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- 2010/10/22 - MAXI、2個目のX線新星を発見
- 2010/10/05 - 全天X線監視装置MAXI、X線新星を発見
- いて座V4641星
- 2003/08/08 - マイクロクエーサーV4641 Sgrがまたも活動的に
- 2002/05/23 - マイクロクエーサー V4641 Sgr の突発増光
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