ダークマターのないシースルー銀河

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ダークマターをほとんどまったく含まない銀河が6500万光年彼方に見つかった。銀河形成の標準的な理論に見直しを迫る発見で、ダークマターの正体についても新たな手がかりをもたらすかもしれない。

【2018年4月3日 NASA

銀河に含まれている星や星団の運動速度から求めた銀河の質量は、銀河全体の明るさから星やガスの総量を求めて導いた質量に比べて10倍以上大きな値になることが知られている。このことから、光などの電磁波を出さずに重力だけを及ぼす「ダークマター(暗黒物質)」と呼ばれる物質が銀河の質量の9割以上を担っていると考えられている。

しかし、米・イェール大学のPieter van Dokkumさんたちの研究チームは、この経験則にまったく当てはまらない銀河を見つけた。彼らはDragonfly Telephoto Arrayと命名された独自開発の望遠鏡を使って、非常に淡く暗い天体を観測するプロジェクトを進めている。

van Dokkumさんたちが今回観測した「NGC 1052-DF2」という銀河は、地球から約6500万光年ほど離れたくじら座の方向にあり、NGC 1052という巨大楕円銀河を中心とする銀河群に含まれるメンバーの一つだ。NGC 1052-DF2は天の川銀河と同じくらいの直径を持つが、星の数は天の川銀河のおよそ200分の1しかない。大きさのわりに明るさが非常に暗いことから、研究者はこのタイプの銀河を「超拡散状銀河(ultra-diffuse galaxies; UDG)」と呼んでいる。2015年にvan Dokkumさんたちが発見し、全質量の99.99%がダークマターであることが判明した銀河「Dragonfly 44」も超拡散状銀河だ。近年の観測で、こうした大きく淡い銀河が銀河群や銀河団の中にかなり多く存在することがわかっている。

ハッブル宇宙望遠鏡で撮影された超拡散状銀河NGC 1052-DF2
ハッブル宇宙望遠鏡で撮影された超拡散状銀河NGC 1052-DF2(提供:NASA, ESA, and P. van Dokkum (Yale University))

研究チームは米・ハワイのケック望遠鏡を使ってNGC 1052-DF2を取り巻く10個の球状星団の運動速度を測定し、星団が秒速10.5km以下というかなり小さな速度で運動していることを突き止めた。この速度から銀河の質量を計算すると、太陽質量の約3億4000万倍となる。一方、この銀河の明るさから見積もった恒星質量の合計は、太陽質量の約2億倍という結果になった。誤差を考えると、この銀河の質量はほぼすべて恒星が担っていると言ってもよく、ダークマターは予想の約400分の1しか含まれていないことになる。

「私たちはこれまで、すべての銀河にはダークマターが存在し、ダークマターがあるからこそ銀河が生まれると考えてきました。ダークマターはあらゆる銀河の主成分なので、これをほぼまったく含まない銀河が見つかるというのは予想外でした」(van Dokkumさん、以下同)。

研究チームでは、NASAのハッブル宇宙望遠鏡やハワイのジェミニ望遠鏡でこの奇妙な銀河の性質をさらに詳しく調べた。NGC 1052-DF2には典型的な渦巻銀河に見られる明るいバルジや渦巻腕、円盤部などがない。かといって楕円銀河の特徴とも似ておらず、ほとんどの銀河の中心に存在すると考えられている大質量ブラックホールを持つ証拠もない。他の銀河と過去に相互作用をした痕跡もない。球状星団の色の観測から、この銀河の年齢はおよそ100億歳と推定される。

「この銀河は非常にレアです。非常に希薄なので背景の遠方銀河が透けて見えていて、まさに『シースルー銀河』です。この銀河には恒星からなるハローと球状星団しかなく、それ以外の要素がまったく存在しないようです。このような銀河が形成された過程はまったく不明です」

van Dokkumさんは、銀河群の中心銀河であるNGC 1052が成長する過程で、NGC 1052-DF2からダークマターを失わせるような何らかの役割を果たしたのかもしれないと考えている。また、NGC 1052に向かって落ち込むガスの塊が分裂してNGC 1052-DF2が作られたという説や、NGC 1052の中心で生まれた超大質量ブラックホールが強烈な風を放出してNGC 1052-DF2の形成を助けたという説も考えられている。

銀河のダークマターについては、運動から求めた銀河の質量が明るさから求めた質量よりも必ず大きな値になることから、この食い違いはダークマターのせいではなく、私たちが前提としている重力の法則自体が間違っているためだとする考え方もある。しかしvan Dokkumさんたちは、2つの方法で求めた質量に食い違いがほとんどない銀河が今回見つかったことから、ダークマターは確かに存在し、恒星やガスなど、銀河の他の成分と分離することもありうる存在であることが示されたと考えている。

「今回の発見は、銀河の振る舞いに関する標準的な理論に見直しを迫るものです。この発見はまた、ダークマターが現実に存在することを示しています。銀河の他の成分とは別個の存在として確かに存在するのです。今回の結果から考えると、銀河が形作られるにはいくつかの道のりが存在するのかもしれません」。

(文:中野太郎)

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