金星の大気にリン化水素を検出

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生命の指標にもなるリン化水素(ホスフィン)が金星の大気から検出された。この苛酷な環境に生命が実在する可能性は低いが、リン化水素の量は既知の化学反応等では説明できない。

【2020年9月17日 アルマ望遠鏡

金星は大きさや質量が地球によく似た惑星だが、強烈な温室効果をもたらす分厚い二酸化炭素の大気を持つため、地表には90気圧、摂氏460度という苛酷な環境が広がっている。さらに、大気も含めて金星は非常に乾燥しており、これらの条件から金星には地球のような生命が存在する可能性は低いと考えられている。

ある天体における生命の有無を判断する方法の一つは、天体の大気の成分を調べることだ。たとえば、ある分子が生命体によって排出されるもので、同時に大気内で起こる化学反応などで作られにくい性質を持ったものであれば、その分子は生命存在の指標となり得る。そのような指標として近年注目されている物質の一つがリン化水素(PH3、ホスフィン)だ。

英・カーディフ大学のJane Greavesさんたちの研究チームは、米・ハワイにあるジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(JCMT)を使って金星を波長約1mmの電波で観測し、リン化水素と思われる信号を発見した。確認のためにアルマ望遠鏡で観測したところ、やはりリン化水素が検出された。検出されたリン化水素は、大気分子10億個に対して20個程度の割合で存在する。

リン化水素のイラスト
金星の想像図と、金星の大気中から発見されたリン化水素のイラスト(提供:ESO/M. Kornmesser/L. Calçada & NASA/JPL/Caltech)

リン化水素の成因を調べるため、Greavesさんたちは太陽光や雷による金星大気の化学反応、地表から風によって吹き上げられる微量元素、火山ガスによる供給などを検討したが、観測された量のせいぜい1万分の1程度のリン化水素しか作ることができないという結論に達した。木星や土星の大気でもリン化水素が検出されているが、これは巨大ガス惑星の大気の奥深くという高温高圧で生成されたものであり、岩石惑星では同じ方法で作られないと考えられている。また、木星や土星の大気が水素やヘリウムを主成分としているのに対して、金星のような岩石惑星の大気には酸素分子が多く、これがリン化水素を破壊してしまう。

一方、金星大気に微生物が存在すると考えた場合には、検出されたリン化水素の量を説明できるという。地球には、岩石や生物由来物質からリンを取り出して、水素を付加させてリン化水素として排出する微生物が存在する。そうした微生物が金星の大気にもいるかもしれず、一定量のリン化水素を絶えず供給し続けている可能性が考えられるというわけだ。

リン化水素の存在を示すスペクトル
リン化水素のスペクトル。グレーの線がJCMT、白線がアルマ望遠鏡で観測したスペクトル。より高温の低層部から強い電波が発せられ、中層大気にある低温のリン化水素が特定の波長の電波だけを吸収するため、スペクトルがへこんだ「吸収線」となっている。背景はアルマ望遠鏡が観測した金星(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Greaves et al. & JCMT (East Asian Observatory))

地表が酷暑の金星でも、高度50~60km付近の大気は摂氏0~30度程度と穏やかで気圧も下がる。過去には、こうした環境下で微生物が存在できる可能性も検討されてきた。ただし、研究者たちはこの可能性について慎重な見方を示している。高度50km付近に存在する雲の中は濃硫酸が含まれる極めて酸性の高い環境であり、地球の微生物の生存には厳しすぎるものだ。そのため、研究チームは大気や岩石中における未知の化学反応でリン化水素が作られた可能性も指摘している。

アルマ望遠鏡をはじめとする地上の大型望遠鏡による追加観測に加え、金星大気の詳細観測や大気成分のサンプルリターンなどの探査計画が立案・実現されれば、謎に満ちた金星大気をより詳しく理解できるようになると期待される。

「今回は大気内での化学反応などでは十分な量のリン化水素が作り出せないと結論付けましたが、もちろん私たちが見落としている、生命由来でない化学反応によってリン化水素が作られている可能性も大いに残されています。改めて金星を観測し今回の結果を検証することも含めて、結論に達するまでにはまだまだ課題が残されていると思います」(研究チームの一員、京都産業大学 佐川英夫さん)。