火星の火山から伸びる雲の秘密

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火星のアルシア山山頂付近からは、最長1800kmの雲が伸びることがある。探査機マーズ・エクスプレスの監視カメラにより、その全貌がとらえられた。

【2021年3月16日 ヨーロッパ宇宙機関

火星のアルシア山は、平原から測ると標高が20kmにも達する大火山だ。その山頂付近からときおり雲が伸びている様子が、火星上空を周回する探査機によってとらえられている。一見、火山が噴火しているように見えるが、実際には火山活動が起こっているわけではないらしい。

アルシア山は火星の赤道からやや南に離れたところに位置している。雲は決まって、火星の南半球が春や夏のころ、アルシア山が日の出を迎えるころに出現し、朝のうちに西へと成長し、午後には消えてしまう。火星探査機の多くは午後になるまでこの地域を撮影できない軌道を飛行しているため、この雲をとらえて詳細に分析するのは難しかった。

アルシア山付近で発生する雲の動画
アルシア山山頂付近で発生する雲の動画。マーズ・エクスプレスのカメラが2018年10月20日から11月1日にかけて撮影した画像から作成(提供:ESA/GCP/UPV/EHU Bilbao, CC BY-SA 3.0 IGO)

そんなアルシア山の雲を何度もとらえることに成功したのが、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)の火星探査機「マーズ・エクスプレス」だ。

スペイン・バスク大学のJorge Hernández-Bernalさんたちの研究チームは、同探査機に搭載された監視カメラ(VMC; Visual Monitoring Camera)を活用した。VMCの性能は、マーズ・エクスプレスが打ち上げられた2003年当時に市販されていたウェブカメラと大差ない。元々は着陸機「ビーグル2」がマーズ・エクスプレスから正常に分離できたかを確認するために備え付けられていたので、2003年12月にビーグル2が分離して降下してからはお役御免となるはずだった(そのビーグル2は途中で通信途絶となってしまった)。数年後にVMCは再び稼働を始めたが、それもあくまで広報やアウトリーチ用の画像を撮影するためだった。

しかし最近になって、VMCは科学観測装置に位置づけられることになった。「VMCは解像度こそ低いものの、広い視野を持っています。これは様々な現地時刻における大局を見るには不可欠な特性です。また、何かに注目してその変化を長期間にわたって短い時間間隔で追跡するのにうってつけです。おかげで、私たちは雲が出現してから消えるまでのサイクルを何度もとらえ、その全体像を研究できました」(Hernández-Bernalさん)。

研究チームは、マーズ・エクスプレスに搭載されたVMC以外の科学機器や、他の探査機による観測データも参照した。「1970年代のNASAの「バイキング2号」による観測データを詳しく調べたときは特に興奮しました。巨大で興味をそそるこの雲が、当時すでに部分的にとらえられていたからです」(Hernández-Bernalさん)。

雲は最長で約1800kmまで伸び、幅は150kmに達することもあると判明した。これは火星で見られる最大の地形性の雲だ。アルシア山の斜面に湿った空気がぶつかることで上昇気流となり、気温の低い上空で水蒸気が凝結して雲が生じている。アルシア山山頂の西側では日の出前から雲が成長し始め、その後2時間半ほどかけて西へと拡大する。その速度は高度45kmで時速600km以上にも達する。そして高高度の風に乗ってさらに西へと移動するが、日が高く昇ると気温が上がり、雲は消滅してしまう。

こうした地形性の雲は地球でもよく見られるが、アルシア山ほど大規模で劇的な変化を示すものはない。この雲を理解することで、火星だけでなく地球の気候モデルを改良することにつながると研究チームは期待する。

研究概要
今回の研究概要のイラスト。アルシア山の左側に、白い雲の先頭と長く伸びる尾が描かれている。雲はバイキング2号を含めた5つの異なるミッションによって100回以上観測された。(下部)雲の一日のサイクル。日の出前に雲が成長し始め、2時間半ほどかけて急速に尾が伸びる。その後、西に移動しながら4時間半ほどで蒸発していく。画像クリックで表示拡大(提供:ESA)

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