分子雲内で複雑有機分子ができる過程を量子化学計算で検証
【2023年9月21日 アストロバイオロジーセンター】
原始星の形成領域では多様な複雑有機分子が検出されている。ジメチルエーテル(CH3OCH3)やギ酸メチル(HCOOCH3)はそのうちの代表的な分子で、星が生まれる素となるガスの塊である「分子雲コア」で典型的に観測されている。これら分子の主な生成法は、暖められたダスト表面におけるラジカル化学反応と考えられている。
近年、極低温のまだ星が生まれていない分子雲コアでもこうした分子が観測されるようになり、生成過程の再検討が必要とされている。ジメチルエーテルは、気体状態にある物質中で原子や分子が衝突し、電磁波を放射して安定した分子を形成する「放射結合」による生成が考えられているが、低温環境で観測されている量を説明するには至っていない。また、ギ酸メチルの生成過程は、そもそもあまり研究されていなかった。
アストロバイオロジーセンターの小松勇さんと国立天文台の古家健次さんたちの研究チームは、極低温下におけるジメチルエーテルとギ酸メチルの生成過程を明らかにするため、「化学反応経路自動経路探索法」と呼ばれる量子化学計算を用いて、分子が電子基底状態のままエネルギー的に生成されやすい経路を検証した。
その結果、ジメチルエーテルについては、得られた反応ネットワークから、メトキシ基(CH3O)とメチル基(CH3)からの生成経路が発見され、先行研究の推定と部分的に整合的で、より包括的な経路が得られた。
一方、ギ酸メチルについては、より複雑な生成経路が推定された。反応障壁なしで進行する経路も発見されたが、主な生成物は二酸化炭素やメタンなどで、ギ酸メチルはあくまで副産物だった。この結果から、ギ酸メチルに関しては、ガス状の化合物を反応させて生成物を得る「気相反応」のみならず、ダスト表面での反応といった他の反応経路の方が重要である可能性が示唆された。
今回の研究では、量子化学に基づいて反応経路を探索する数値シミュレーションを天文学に応用することにより、複雑有機物が観測される裏で何が起こっているかを理解するのに役立つ成果が得られた。今後は、有望な反応ネットワークと反応速度式に基づくモデルとを接続し、星間空間における複雑有機分子の量を推定することが、理論・観測を比較する観点で重要となる。また、今回行われた気相反応に限定した計算以外に、ダスト表面反応についても同様の研究を行うことも有用だろう。
〈参照〉
- アストロバイオロジーセンター:複雑有機分子が極低温の分子雲内でできる過程を量子化学計算で検証
- ACS Earth and Space Chemistry:The Automated Reaction Pathway Search Reveals the Energetically Favorable Synthesis of Interstellar CH3OCH3 and HCOOCH3 論文
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