電波の影絵で見る希薄な星間分子ガス

このエントリーをはてなブックマークに追加
明るい電波源を背景として希薄な分子ガスを検出するという観測方法に用いられる「分子吸収線系」と呼ばれる観測対象が、アルマ望遠鏡のデータベースから新たに見つかった。天の川銀河の星間ガスの化学組成などを明らかにし性質を解明するうえで大きな成果だ。

【2015年12月11日 東京大学

宇宙空間には水素やヘリウム、様々な分子からなる星間ガスが多量に存在しており、主に分子自身が発する光(分子輝線)の電波観測によってガスの性質が研究されてきた。しかし、ガスがあまり多くない領域からの電波は微弱なため、輝線の観測から希薄なガスの環境を探ることは困難である。

こうした希薄な分子ガスを検出する手法として、遠方の明るい電波源を背景光源に用い、手前側に存在するガスによって生じる分子吸収線をとらえるという観測方法がある。背景の電波に照らされた分子ガスの「影絵」からガスの正体や特徴を探る手法で、その背景の観測対象は「分子吸収線系」と呼ばれている。この分子吸収線系を多く見つけることが、希薄な分子ガスの研究において重要だ。

分子吸収線系の模式図
分子吸収線系の模式図。遠方電波源のスペクトルは平坦だが、手前に存在する星間ガス中の分子で吸収されると観測されるスペクトルの特定の周波数に吸収線が現れる(出典:プレスリリースより。アルマ望遠鏡の画像クレジット:ESO/José Francisco Salgado)

東京大学大学院理学系研究科の安藤亮さんと河野孝太郎さん、国立天文台の永井洋さんたちの研究グループは、南米チリのアルマ電波望遠鏡で観測されている基準光源のデータに着目し、その方向に分子吸収線を検出することを試みた。基準光源とは、目標天体の「位置合わせ」を行いデータの質を高めるために観測される「本来の観測対象とは異なる」天体のことで、主に遠方の明るい銀河が用いられる。

アルマ望遠鏡が観測した基準光源36天体のデータを調査したところ、4方向の天体から天の川銀河内に存在する多種の分子の吸収線が検出された。とくに3天体は今回初めて分子吸収線系として発見されたものだ。

分子吸収線系J1717-337の電波強度画像(上)と、同天体の分子吸収線スペクトル
分子吸収線系J1717-337の電波強度画像(上)と、同天体の分子吸収線スペクトル。クリックで拡大(提供:ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), R. Ando (The University of Tokyo) )

さらに、非常に珍しいホルミルラジカル(HCO分子)の吸収線も検出され、希薄な分子ガスが紫外線にさらされて特徴的な化学変化が引き起こされていることが確認された。過去の例と比べて半分程度しかホルミルラジカルが検出されていない天体もあり、これまでで最も希薄な部類の星間分子ガスをとらえたことになる。

今回の成果は、天の川銀河内にも相当な量存在していると考えられている希薄な分子ガスの性質などを理解するうえで大きな意義のあるもので、同時にアルマ望遠鏡により観測された基準光源の潜在的な価値を示すものでもある。アルマ望遠鏡のデータベースには1000天体以上に及ぶ基準光源のデータが収められており、この中には新たな分子吸収線系が隠されている可能性もある。「宝の山」とも呼ぶべき基準光源データの調査が進むことで、新たな分子吸収線系が発見され、希薄な星間ガスに関する知見がさらに広がることが期待される。

研究グループでは、今回発見した分子吸収線系をアルマ望遠鏡でさらに高感度に観測する予定だ。希薄な星間ガスの物理・化学的性質をさらに詳細に明らかにし、天の川銀河の全貌への理解を深めることを目指している。

〈参照〉

〈関連リンク〉

〈関連ニュース〉