かつてない広さと解像度のダークマター地図
【2018年2月28日 すばる望遠鏡】
1930年代にエドウィン・ハッブルたちによりなされた宇宙膨張の発見は、人類の宇宙観を、静止している宇宙から運動している宇宙へと大きく転換させた出来事だった。
当初、天体間に働く重力の影響により、膨張速度は宇宙の年齢と共に減速しているだろうと考えられていた。しかし、1990年代後半に、数十億光年ほど前のある時期から膨張が加速に転じていることが遠方の超新星の観測から発見され、宇宙膨張を加速させる斥力(相互を遠ざけるように働く力)を生じさせるようなものが必要と考えられるようになった。
その斥力に対応する「宇宙定数」を加味した最も単純な宇宙モデル(LCDM)からは、宇宙は未来永劫膨張し続けるなど重要な結論が得られている。ただし、宇宙定数の物理的意味はまだ理解されておらず、何が加速膨張を引き起こしているのかを明らかにすることは、現代観測宇宙論の主要テーマの一つとなっている。
この謎の解明を主目的に、国立天文台、東京大学をはじめとする研究チームは、米・ハワイのすばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam (ハイパー・シュプリーム・カム、HSC)」を用いた大規模な深宇宙撮像探査観測を進めている。宇宙の物質は「宇宙の大規模構造」と呼ばれる網の目状に分布しているが、この分布の進化速度は宇宙膨張の歴史と強い関係があるので、大規模構造進化の観測から逆に宇宙膨張史に迫ろうとしているのだ。
ただし、宇宙の物質のうち銀河のように光を放つ天体はほんの一部しかなく、光を発しないダークマター(暗黒物質)が物質のほとんどを占めている。そこで研究チームは、ダークマターが引き起こす「重力レンズ効果」を利用して、ダークマターの分布の「地図」を作る努力を続けてきた。
遠方の銀河からの光が私たちに届くまでの間にダークマターが存在する領域を通り抜けてくると、ダークマターの質量(重力)がレンズのような働きを起こし、銀河の見かけの形状が少しずつ変形する。これを利用して銀河の形状から宇宙空間にあるダークマターの分布を調べれば、大規模構造の進化に迫ることができるというわけだ。
2014年に始まったHSCによる観測は、現在で計画のおよそ60%まで完了している。今回公開されたダークマターの2次元分布図は、2016年4月までに観測された160平方度(計画全体の約11%)に及ぶ広範囲かつシャープな画像から作られたものだ。平均0.56秒角もの高解像度で2000万個以上の銀河がとらえられている画像が重力レンズ解析に利用され、かつてない広さと解像度を持つ新たなダークマター地図が完成した。
さらに、観測された全天域は5色のフィルターで撮影されていることから、色情報を元に銀河までの距離を推定することができる。この情報と、重力レンズ効果による天体像の歪みの度合いを利用した研究から、ダークマターの3次元分布も得られた。これほど広い天域でダークマターの3次元分布が得られたのは初めてのことだ。
これらの地図をもとにダークマターの塊の個数や質量を計測し、ヨーロッパ宇宙機関の宇宙背景放射観測衛星「プランク」による最新の宇宙マイクロ波放射の観測結果と標準的なLCDMとを組み合わせた理論予想値と比較したところ、今回の観測結果が理論予想値を下回っていることが示された。仮定している宇宙モデルであるLCDMに整合性がなく、いわば「ほころび」があることを示唆する結果だ。
今回の結果は観測計画全体の11%のデータに基づくものであるため、サンプル数が少ないことによる誤差がやや大きく、現在より詳しい解析が行われている。また、プランクの観測結果も今後更新される可能性がある。これまでにLCDMが高い精度で棄却されたことはないが、この問題は大きな関心を集めており、データの食い違いをより高い有意度で検証するためのさらなる観測の進捗が必要とされている。
〈参照〉
- すばる望遠鏡:かつてない広さと解像度のダークマター地図
- すばる望遠鏡:超広視野主焦点カメラ HSC の初期成果がまとまる
- 日本天文学会欧文研究報告(PASJ):A large sample of shear-selected clusters from the Hyper Suprime-Cam Subaru Strategic Program S16A Wide field mass maps 論文
〈関連リンク〉
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