「消えたバリオン」問題に決着か、高温の銀河間ガスを検出

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20年近く未発見だった、銀河間を満たす希薄な高温ガスがX線観測でついに見つかった。宇宙に存在する「普通の物質」の内訳をこれですべて説明できるかもしれない。

【2018年6月26日 ヨーロッパ宇宙機関

宇宙の物質やエネルギーのほとんどは、正体不明の暗黒物質(ダークマター)とダークエネルギーで、それぞれ宇宙の25%と70%を占めている。恒星や銀河、惑星、人間の身体など、私たちの目に見える普通の物質は「バリオン」と呼ばれるが、このバリオンは宇宙のわずか5%を担っているにすぎない。しかし、この5%のバリオンですら、それが宇宙のどこに存在しているのかをすべて突き止めるのは非常に難しい。

バリオンが宇宙の5%を占めるという数字は、ビッグバンから38万年ほど経ったころの熱放射の名残である宇宙マイクロ波背景放射を観測して見積もったものだ。初期の宇宙で作られたバリオンは、恒星や銀河などに形を変えて今の宇宙にも存在していると考えられる。しかし、宇宙誕生から約20億年後までのバリオンの進化の様子を観測から調べると、初期宇宙にあったバリオンの半分以上が、現在の宇宙ではどこかに消えてしまっているように見える。

これは「消えたバリオン(またはダークバリオン)問題」と呼ばれ、現代の宇宙物理学における最大の謎の一つとなっている。銀河に存在する恒星や、恒星の材料となる星間ガスの量も勘定に入れても、存在するはずのバリオンの1割にしかならない。さらに、銀河を取り巻くハローのガスや、銀河同士が重力で集まっている銀河団の高温ガスまで考えても、バリオンの合計は想定されている「全宇宙の5%」の2割以下にしかならないのだ(参照:「銀河ハローにも存在しないダークバリオン」)。

宇宙に存在するバリオンの内訳
宇宙に存在する物質やエネルギーの割合(左)と、バリオンの内訳(右)。銀河や銀河団として存在するバリオンは計2割ほどで、低温の銀河間ガスが28%、中間的な温度の銀河間ガスが15%となっている。残り約40%のバリオンは高温の銀河間ガスとして存在していると考えられるが、これまで見つかっていなかった(提供:ESA)

だが、これはさほど不思議なことではない。宇宙では、暗黒物質とバリオンは細いフィラメント状に連なって宇宙全体を網の目のように埋め尽くしている。銀河や銀河団はこうした「宇宙の大規模構造」の網にできた結び目のようなもので、物質は濃く集まっているものの、宇宙全体でみればレアな場所だともいえる。よって、未発見のバリオンの大半が隠れている候補地としてベストというわけではないのだ。

研究者たちは、銀河や銀河団ではないフィラメントの部分に「消えたバリオン」が潜んでいるのではないかと考えてきた。しかし、フィラメントは銀河や銀河団より希薄なので、観測するのはより難しい。これまでに様々な手法を使うことで、フィラメント部分にある物質のうち、温度が低い成分や中間的な温度の成分についてはかなりの量を検出できるようになった。これによって、宇宙のバリオンの6割までは見つけることができたが、残り4割についてはいまだ謎のままとなっている。

今回、伊・国立天体物理学研究所のFabrizio Nicastroさんたちは、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)のX線観測衛星「XMMニュートン」を使って、40億光年の距離にあるクエーサーを延べ18日間にわたって観測した。X線で観測すれば、消えたバリオンの正体と考えられている温度100万ケルビン以上の銀河間ガス「中高温銀河間物質(warm-hot intergalactic medium; WHIM)」を検出できる。遠くのクエーサーから出たX線を手前のWHIMが遮ることでできる吸収線スペクトルを見つけるのだ。

「得られたデータを組み合わせたところ、地球とクエーサーの間で距離の異なる2か所にWHIMがあり、そこに含まれる酸素の吸収線を見つけることに成功しました。これは、酸素を含む大量の物質がちょうど予想通りの量で存在していることを示すもので、これによってついにバリオン量の理論と観測のギャップを埋めることができました」(Nicastroさん)。

今回の観測を表すイラスト
今回の観測を表すイラスト。XMMニュートン(右下)で遠方のクエーサー(左上)からのX線を観測すると、途中に存在するWHIM(中央の緑色のフィラメント状構造)による吸収線が現れる(提供:Illustrations and composition: ESA / ATG medialab; data: ESA / XMMニュートン / F. Nicastro et al. 2018; cosmological simulation: R. Cen)

今回の成果は新たな探索の始まりだ。今回の発見と同じようなWHIMが宇宙の他の場所にも存在するかどうかを確認し、その物理状態を詳しく調べるためには、別の場所にあるX線天体でも同様の観測を行う必要がある。Nicastroさんたちは今後、XMMニュートンやNASAのX線宇宙望遠鏡「チャンドラ」でより多くのクエーサーを調べる計画だ。だが、WHIMの分布や特徴を詳しく調べるには、2028年に打ち上げが予定されているESAの次世代X線宇宙望遠鏡「Athena」のような、より感度の高い観測装置が必要になるだろう。

「銀河間空間に広がる高温の霧という形で隠れていた物質をXMMニュートンが検出でき、非常に誇りに思います。これらのバリオンがもはや『消えたバリオン』でなくなった今、この物質をより深く研究できる日が待ち遠しいです」(ESA XMMニュートンプロジェクト研究者 Norbert Schartelさん)。

(文:中野太郎)

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