老年期の星の激しい挙動:分子ガスジェットを発見

【2002年6月20日 国立天文台天文ニュース(557)

宇宙の様々な天体で、自転軸の両極方向に向かって正反対に高速で噴出するジェット現象がしばしば観測されています。大きなスケールでは活動的な銀河中心核からのジェットがそうですし、小さなスケールでは生まれつつある若い星での双極分子流というのが有名です。最近になって、星として進化末期の姿である白色わい星からもこのような宇宙ジェットが観測されています。

白色わい星というのは、太陽ほどの質量を持つ星で、核融合反応を起こす材料物質がなくなり、星が膨らんでいって最後には中心核である核融合反応の「灰」が残されたものです。白色わい星は、すでに核融合をしておらず、いわば余熱で光っているような星ですが、もともと恒星中心部にあったために非常に高温で、ジェットのような活発な現象も起こしていると考えられています。また、白色わい星から放出された星の外層部は、しばしば惑星状星雲を作りだしています。

しかしながら、その進化末期において、星がいつ頃からジェット現象を起こしはじめるのか、いままでよくわかっていませんでした。白色わい星になる前段階、例えばミラに代表される長周期の脈動型変光星では、これまでジェットが見つかっていませんでした。

オランダに本部のある欧州超長基線電波干渉法合同研究所(JIVE)の支援研究員・今井裕(いまいひろし)らの研究グループは、白色わい星になる前、むしろミラ型変光星に近い進化段階にある W43A という星の超長基線電波干渉による観測データから、はじめてジェットを検出することに成功しました。W43A とは、オランダの天文学者・ガルト・ウェスタハウト (Gart Westerhout) によって作成された電波源カタログの43番目の天体です。わし座ベータ星付近にあって、地球からの距離はおよそ8500光年にあり、星そのものは明るくはありませんが、強い電波や赤外線を出しています。

観測は1994年から1995年にかけて、アメリカの国立電波天文台が所有する超長基線干渉計 VLBA (Very Long Baseline Array)を用いてイギリス・マンチェスター大学フィリップ・ダイアモンド(Philip Diamond)が主となって行われました。今井裕は鹿児島大学の小原久美子(おばらくみこ)、面高俊宏(おもだかとしひろ)、国立天文台の笹尾哲夫(ささおてつお)とともに得られたW43A のデータ解析を進めました。その結果、星から約500天文単位(1天文単位は地球太陽の平均距離で約1億5千万キロメートル)ほどの場所に、高速で飛び出す水分子メーザー源を発見したのです。メーザーとは、いわばレーザーの電波版で、自然に発生した弱い電波が、ある方向にだけ増幅されて非常に強くなる現象です。水分子ではメーザー現象がいろいろな場所で観測されていますが、メーザー源は極めて小さく、このような高い空間分解能の観測でも、ほとんど点源に見えます。観測期間中にメーザー源は星から飛び出す方向に秒速150キロメートルもの高速で動いていました。このガス塊は、 今から30年くらい前に星から放出された、つまりジェットのできはじめを見ていたと思われます。

さらに驚いたことに、複数あるメーザー源は星を結んだ直線には完全に一致しないで、微妙に方向が変わっていたのです。これは中心部でのジェットの方向が時間と共に変わっていることを示しています。まるで回転しているコマが倒れる寸前に首振り運動をしているようで、その原因はまだわかっていません。これが正しいとすると、首振り運動の周期は約55年、その角度は5度だと観測データから再現することができます。

今回の発見は、光などで観測される高温のジェットとは異なり、低温のガスの分子ジェットです。これがジェット現象そのものの解明だけでなく、やがてこの星の周りに作られるであろう惑星状星雲の形を決める一因になっているのかもしれません。いずれにしろ、老年期の星から『天空に吹き出す噴水』の研究は、大きな前進をはじめたといえるでしょう。

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