137億年を生き延びた原子が、天の川銀河の歴史を語る

【2006年8月22日 NASA FEATURE

水素原子に中性子が1つ加わった「重水素」は、星や銀河の形成をたどる上で役立つ原子だ。宇宙における重水素の分布を調べているNASAの遠紫外線分光探査衛星FUSEから、われわれの天の川銀河の歴史にかかわる情報がもたらされた。


(ぎょしゃ座AEとその周囲の星間物質)

恒星「ぎょしゃ座AE」(中央)をとりまく星間物質。こうした場所に豊富に存在するちりの中に、重水素が隠れてしまうと考えられている。クリックで拡大(提供:T.A. Rector and B.A. Wolpa, NOAO, AURA, and NSF)

重水素(デューテリウムとも呼ばれる)は、「陽子1個と電子1個」からなる普通の水素原子に、さらに中性子を1個加えた原子(水素の同位体)である。自然界における存在量は普通の水素に比べてひじょうに少ないが、天文学では重要視される存在だ。

ビッグバンから数分後に、重水素の原子核(陽子1個と中性子1個)が作られたのだが、それ以来、新たに作り出された重水素はない。一方で、恒星の中に取り込まれた重水素は核融合反応で別の元素になってしまう。つまり、ビッグバン直後に形成された重水素の量を理論的に計算し、現存する量を知ることができれば、恒星や銀河がどのように、どれくらい形成されたかを知る手がかりとなる。重水素は、宇宙の歴史の語り部なのだ。

重水素は遠紫外線領域の電磁波を放射するので、宇宙各地における存在量を観測することが可能だ。しかし、情報が集まるにつれ、大きな疑問が生まれた。

NASAの紫外線観測衛星コペルニクスは、1970年代にわれわれの天の川銀河における重水素の分布を調べた。すると、他の元素と同じように均一に存在するという予想に反して、大きなむらがあることがわかった。それからおよそ30年後、コペルニクスを上回る性能で観測を開始したFUSEも、同じ結果を返してきた。

この疑問は、理論的研究とFUSEの観測から解明された。どうやら、重水素は星間物質に含まれるちりの粒と結びつきやすいようである。ガスとして存在していれば観測は容易だが、固体として潜んでいる重水素は痕跡さえ残さない。FUSEは、静穏な状態にある星間物質では重水素が少なくて、超新星爆発や高温星の近くではそれに比べて多いことを突き詰めた。加熱されたちりが蒸発してしまい、重水素を放出していると考えれば説明できる。

こうして1つの疑問が解決されたが、FUSEのさらなる観測と他分野の発展によって別の疑問が浮上してしまった。逆に、重水素が多すぎるというのだ。

ビッグバン直後に作られた重水素の割合は、水素原子100万個あたり27個程度だということが、複数の研究から示されている。この結果をはじき出した観測機の中には、背景放射の観測から宇宙年齢が137億年であることを明らかにしたNASAのマイクロ波観測衛星WMAPもあった。そして、理論に従えば時間と共に重水素は恒星に取り込まれて、現在までに天の川銀河では30%以上が失われているはずである。

一方、われわれの天の川銀河で一番重水素が多く観測される領域では、FUSEは水素原子100万個あたり23個という数字をはじき出した。おそらく、他の場所でも、ちりに取り込まれたことを考慮すれば同じくらい存在しているはずである。とすると、理論に反して重水素は15%程度しか減っていないのだ。

この違いはなぜ生じたのか。可能性は2つ考えられる。恒星に取り込まれてしまう重水素の量が従来の予想を下回っているか、天の川銀河の歴史を通じて外部から「新鮮な」ガスが予想以上に供給されたか、だ。どちらだとしても、研究者が考えていた天の川銀河における物質の変遷モデルを確実に塗り替えることになるだろう。

FUSE(フューズ)

紫外線天文観測衛星。カナダ・アメリカ・フランスが1999年6月24日に打ち上げた。太陽付近の恒星間物質、銀河系の果てのガス雲、銀河間雲の重水素などを、これまで不可能だった遠紫外線の波長域で観測。(「スペースガイド宇宙年鑑2006」より)