ふるいにかけられたダークマター
【2006年8月29日 Chandra Press Room】
X線天文衛星チャンドラなど複数の望遠鏡による観測から、ダークマターが存在する証拠をつかんだことをNASAが発表した。巨大な銀河団どうしが衝突することで、ダークマターが「見える物質」と分離されたという。
銀河や銀河の集まりで起きている現象には、実際に観測されている以上に大量の物質が存在しなければ説明できないものが多い。このように観測できない仮想の物質を「ダークマター(暗黒物質)」と呼ぶ。一方で、銀河スケール以上ではニュートンやアインシュタインの理論から予想される以上に大きな重力が働くとして、新たな理論を提唱している科学者もいる。その場合、ダークマターは想定する必要がない。
ダークマターが存在すると仮定する場合、それは「見える物質」をつなぐ接着剤のような役割を果たす。銀河団(解説参照)では、「見える物質」は星よりもガスとして存在する割合が多い。銀河団に所属する個々の銀河よりも、銀河と銀河の間に存在する高温のガスの方が、質量としては大きいのだ。しかし、見える物質の重力だけで計算すると、銀河とガスはあっというまにばらばらになってしまう。銀河間のガスよりも、さらに大きな質量を持つダークマターが存在することで、「見える物質」をつなぎ止めているのだ。
ダークマターは、周辺に及ぼす重力の影響で間接的に検出するしかない。しかし、「見える物質」と混ざり合っている以上、ダークマターだけを検出するのは困難だ。
アリゾナ大学のDoug Clowe氏が率いる研究チームは、銀河団どうしが衝突する現場に着目した。そこでは、銀河団を構成するガスは空気抵抗のような力を受けるので減速する。一方、ダークマターは「見える物質」ともダークマター自身とも重力以外に相互作用しないので、ほぼ最初のスピードを保って進み続ける。このようにして「見える物質」とダークマターが分離しているのを検出できれば、他の重力理論では説明がつかず、ダークマターが存在する有力な証拠となる。
Clowe氏らはX線天文衛星チャンドラを使い、140時間かけて銀河団1E 0657-56を観測した。1E 0657-56は別名「弾丸銀河団」とも呼ばれる。なぜなら、銀河団の中には弾丸の形をした数百万度のガスが存在するからだ。小さな銀河団が大きな銀河団の中を高速で突き抜けた結果、このような形状が作られたとみられる。画像中ピンクで示されたのは、チャンドラで撮影した高温ガスの領域だ。衝突した銀河団の「弾丸」ガスと、衝突された大銀河団のガスが浮かび上がっている。
一方、NASAのハッブル宇宙望遠鏡(HST)やヨーロッパ南天天文台のVLTなどを使って、銀河団の中の質量分布が調べられた。背景の銀河からの光が前方の物質の重力でゆがめられる「重力レンズ効果」を利用して、直接観測はできないダークマターも含めた物質の存在が明らかにできる。この結果は、画像中青で示されている。
はたして、高温ガス付近よりもその前方に質量が集中していた。ダークマターを想定しない理論では、銀河団の質量の多くが高温ガスだと考えなければいけないのでこの結果を説明できない。つまり、青い領域に存在するのは「見える物質」をふるい落としたダークマターだということになる。
結果が正しいのだとすれば、地上や太陽系で働いているのと同じ力学が、銀河団のような巨大スケールでも働いている確証となる。そして、Clowe氏が語るように「別の重力理論を考えるという逃げ道は閉ざされ、見えない物質はこれまでにないほど見えそうなところまで来ている」と言えるだろう。
銀河団
銀河群より大規模な恒星の集団を銀河団と呼ぶ。直径数千万光年の空間に数百〜数千個オーダーの銀河が集まっている。銀河系にもっとも近い銀河団は「おとめ座銀河団」で、1000個以上の銀河が集まっている。私たちの局部銀河群を含めた局部超銀河団の中心に位置し、局部銀河群は「おとめ座銀河団」方向へ引きつけられていることも観測されている。(「最新デジタル宇宙大百科」より)