月探査機スマート1、最後の輝きを見せる
【2006年9月4日 ESA SMART-1 News(1)、(2)】
1年半におよぶ孤独な月面撮影ミッションの結末は、自ら月に激突して世界中の望遠鏡の被写体となることだった。日本時間9月3日午後2時42分、ESAの月探査機スマート1(SMART-1)は当初の予定通り「優秀の湖」に落下し、その役割を終えた。衝突の様子は、南アフリカからハワイに至る広い地域の研究者や観測家に見守られた。現在観測データの収集と分析が進められている。
日本時間9月3日午後2時42分(世界標準時午前5時42分)、ハワイ・マウナケア山頂のCFHT3.6メートル望遠鏡が月の「優秀の湖」で小さな閃光をとらえた。同時刻、オーストラリアにあるESAの基地に届いていた探査機スマート1からの信号が突然途絶えた。ヨーロッパ初の月探査ミッションが、月面衝突によって有終の美を飾った瞬間である。
天体への衝突といえば、1年前にテンペル彗星への衝突実験を行った探査機「ディープ・インパクト」が思い起こされる。スマート1の質量は300キログラム程度で、ディープ・インパクトの衝突機とあまり変わらない。しかし、ほぼ垂直に秒速10キロメートルで衝突したディープ・インパクトに対して、5〜10度という浅い角度で、秒速2キロメートルで衝突したスマート1の衝突エネルギーは小さいものだ。とはいえ、ディープ・インパクトよりもはるか近くで起きる衝突に対して、向けられた関心および望遠鏡は決して少なくなかった。
もちろん、衝突することがスマート1の目的ではなかった。月と地球の重力を利用しつつイオンエンジンを使った「省エネ飛行」の実験、そして月に到着してからの赤外線・X線による地形や鉱物組成の探査が二大目的だ。しかし、燃料を使い切り目的を果たした後は、月に衝突するのが大抵の月探査機の宿命である。このことを逆手にとり、ESAは地質学的に興味深い場所を衝突地点に選定し、世界中に観測を呼びかけていた。衝突で巻き上げられた物質を地上から観測すれば、その組成が分析できるかもしれないからだ。
衝突に際しては万全のサポートも用意された。数か月前から5つの電波望遠鏡によるネットワークが結成され、スマート1から発せられる信号をキャッチすることで、その正確な位置を地上の望遠鏡に知らせてきたのである。こうして、南アフリカ、カナリア諸島、南北アメリカ大陸やハワイなどで研究者や観測家がスマート1の最期を見届けることができた。
さて、CFHT望遠鏡が観測した閃光は、1秒足らずの短いものであったとみられる。また、ざっと見積もったところによれば、閃光は探査機自身からの熱放射、もしくは探査機内に残っていた揮発性物質の拡散によるものとのことだ。今後の分析、および他の望遠鏡による観測の報告が待たれる。
残念ながら、当初予定されていた日本のすばる望遠鏡による観測は、月面が明るすぎることや他の観測スケジュールとの兼ね合いから実施されなかった。代わりに、すばる望遠鏡敷地内に設置された30センチメートル望遠鏡に、CCDカメラを取り付けてビデオ撮影が行われた。今のところ衝突による閃光は確認されていないが、今後の分析で検出される可能性もある。結果が得られ次第、すばる望遠鏡のホームページで観測成果を公開する予定とのことだ。
スマート1の衝突によって、現在月の周りを回る探査機はなくなった。しかし、再び有人探査を行おうとするアメリカや、日本、中国など、各国が計画を練っている。アポロ時代以来とも言える熱い視線が、月に向けられていると言えよう。ESAの科学部長のDavid Southwood教授は、スマート1の科学・技術双方における成功を強調しつつ、こう述べた。
「将来行われるであろう月探査は、小さなスマート1を通じて得られた技術・運用面の経験から、大きな恩恵を授かることでしょう。一方で、スマート1から得られた科学的データは、すでに私たちの月に対する知識を塗り替えようとしています」