マゼラン雲は、ただの通りすがりか

【2007年1月23日 CfA Press Release

南半球ではおなじみの天体、大マゼラン雲と小マゼラン雲は、天の川銀河の周りを回る「伴銀河」と見なされることが多い。ところが、2つのマゼラン雲が従来の説より速く移動しているとする研究成果が発表された。事実ならば、マゼラン雲はただ天の川銀河の横を通り抜けようとしているだけなのかもしれない。


(大マゼラン雲の画像)

大マゼラン雲の画像。クリックで拡大(提供:Copyright Robert Gendler and Josch Hambsch 2005)

2つのマゼラン雲(解説参照)は、われわれの天の川銀河の「お隣さん」として知られ夜空でも目立つ存在だ。ただし、大マゼラン雲はかじき座の方向、小マゼラン雲はきょしちょう座の方向にあり、日本からは見ることができない。

大小マゼラン雲は天の川銀河に比べて小さく、また銀河的スケールではとても近いので、惑星に対する衛星のように天の川銀河の周りを回っているというのが一般的な考えだ。さらに、大マゼラン雲と小マゼラン雲はお互いの周りを回る「連銀河」であることも確実視されている。

もっとも、これを裏付けるには実際に大小マゼラン雲の動きを追う必要がある。視線方向の動き、つまりわれわれに対して近づいているか遠ざかっているかを調べるのは比較的簡単だ。光のドップラー効果などを用いることで、しつこく観測することなく精度良く求まるので、大小マゼラン雲の視線速度はわかっている。一方、天球上をどのように動いているのか(固有運動)は、実際に位置の変化を観測することでしか求められない。宇宙空間の中の立体的な動きは、視線方向の運動と固有運動がわかってはじめて計算できる。

今月初めに開かれたアメリカ天文学会の会合において、ハーバード・スミソニアン天体物理センターの天文学者Nitya Kallivayalil氏らの研究チームはこれまでにない精度で大小マゼラン雲の速度を求めたと発表した。研究チームはNASAのハッブル宇宙望遠鏡を使い、大小マゼラン雲の2年分の固有運動を測定した。

視線速度と固有運動の速度から求められた大小マゼラン雲の速さは、大マゼラン雲が秒速秒速378キロメートル、小マゼラン雲は秒速302キロメートルだった。これまで考えられてきた数値の2倍近い。そして、これほど速く動いているのだとしたらマゼラン雲は天の川銀河の重力を振り切ってしまうはずだ。

観測結果が事実だとすれば、可能性は2つ。天の川銀河が現在知られている数値に比べて2倍もの質量を持っているか、マゼラン雲が本当にただの通りすがりであるか、だ。後者だとすれば、マゼラン雲は数十億年後には天の川銀河の重力を振り切ってしまう。

さらに、大マゼラン雲と小マゼラン雲の速度を比べてもずれが大きい点は、別の疑問を投げかける。すなわち連銀河とされるマゼラン雲どうしも、たまたますれ違っているだけなのではないか、というのだ。ただし、両者がこれほど近くを回り続けていたなら、とっくに合体していてもおかしくないことは指摘されていた。

今後研究の鍵を握りそうなのは、「マゼラニック・ストリーム」だ。マゼラン雲の後ろにたなびく水素の雲のことである。この流れ(ストリーム)をたどれば、大小マゼラン雲の過去の軌道を明らかにできるとされている。現在確かなことは、マゼラン雲についてはまだまだ検証が必要だということだ。

大マゼラン雲 / 小マゼラン雲

局部銀河群のメンバー。南天にある不規則銀河で、私たちの天の川銀河の伴銀河と考えられる。棒構造が観測され、棒渦巻銀河に分類されることもある。独自にNGC番号を持つOBアソシエーション、散開星団、球状星団や星間分子雲が存在し、距離が近いので明るい星なら分解して観測することが可能である。(ステラナビゲータ Ver.8天体事典より抜粋・一部改変)