気象衛星「ひまわり8号」がとらえたベテルギウスの大減光
【2022年5月31日 谷口大輔さん】
オリオン座の肩の位置に赤く輝く1等星のベテルギウスは、2019年末から2020年初頭にかけて突如として暗くなり、2020年2月には観測史上最も暗い2等級にまで達した(参照:「2等星に陥落!ベテルギウス減光のゆくえ」)。この現象は「ベテルギウスの大減光」と呼ばれ、原因を解明するためにハッブル宇宙望遠鏡やヨーロッパ南天天文台の8.2m VLT望遠鏡など世界中の大型望遠鏡がベテルギウスへと向けられた(参照:「ベテルギウスの減光は大量の物質放出が原因」、「ベテルギウスを暗くした塵の姿」)。
これら観測研究により、大減光の原因の約半分はベテルギウスの表面温度の低下であることがわかっている。残り半分に関しては、星の表面近くで形成された塵の雲が星からの光を遮ったことが原因ではないかと示唆されているものの、塵の雲は不要で他の原因(たとえば、星の表面温度のムラの増加)が正しいのではないかという指摘も複数の研究者らからなされている。このように、どの説が大減光の真の原因なのか(塵の雲が大減光中に本当に形成されたのか)わかっていなかった。
この大減光の謎に取り組むため、私たちは様々な観測手段を検討し、「気象衛星を“天体望遠鏡”として活用できないか?」という一見すると不思議なアイディアに考え至った。気象衛星はその名の通り地球表面や地球大気を観測することを主目的とした人工衛星だが、なんとその画像にはベテルギウスなど、いくつかの恒星が写り込んでいるのだ。
私たちは天文学と気象学それぞれを専門とする学生からなる研究チームを結成し、気象衛星「ひまわり8号」が観測している合計16個の波長バンド(0.45-13.5μm)の画像の解析に取り組んだ。その結果、「ひまわり8号」が10分おきに撮影した20万枚以上もの画像のうち約1000枚にベテルギウスが写り込んでいることを発見し、可視光線から中間赤外線にわたる4.5年間のベテルギウスの光度曲線を得ることに成功した。
この「ひまわり8号」による観測データは、通常の天体望遠鏡だとモニタリング観測が困難な中間赤外線(とくに10μm周辺)を含むという点にとりわけ大きな意義がある。というのも、中間赤外線で観測すればベテルギウスの周囲にある低温の塵が放射した光を直接とらえることができ、その光の強度から星の周囲の塵の量を見積もることができるからだ。私たちの分析により、確かに大減光の期間中にベテルギウス周囲の塵の量が増えており、塵の雲によって光が遮られたことが表面温度の低下とともに大減光の原因の一部になっているであろうことが明らかになった。
今回の研究では気象衛星という、普通天文学者が研究に使おうとすら思わない観測装置のデータを用いることで、ベテルギウスの大減光の謎に迫ることができた。今後はこの研究手法の対象を他の恒星に拡張することで、「気象衛星を用いた時間領域恒星天文学」として確立していきたい。また、気象衛星とは別の、いまだ誰もが有用性に気付いていないような観測装置を用いた研究が進んでいくことにも期待したい。
※この記事は谷口さんから提供いただいたリリースを元に作成しました。
〈参照〉
- Nature Astronomy:The Great Dimming of Betelgeuse seen by the Himawari-8 meteorological satellite 論文
〈関連リンク〉
- 観測データ
- 星ナビ.com:2022年7月号 「マユコの星ナビch 突撃!ラボ訪問」 谷口さんインタビュー記事
- アストロアーツ 天体写真ギャラリー:2019年12月~2020年3月 オリオン座ベテルギウスの減光
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