単独の星としては観測史上最遠、90億光年彼方の「イカロス」

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銀河団による重力レンズ効果を受け、90億光年彼方の銀河内に存在する恒星が増光した様子がとらえられた。「イカロス」と名付けられたこの巨星は、単独の星としては従来の記録を100倍近くも更新する観測史上最遠の天体となる。

【2018年4月4日 東京大学大学院理学系研究科・理学部HubbleSiteHubble Space Telescope

宇宙に存在する銀河の正体は、数百億~数千億個の星の大集団だ。こうした銀河に含まれる星々を1個1個分離して観測することは、ごく近傍の銀河のものを除いてはほぼ不可能である。

遠く暗い天体を観測できる方法の一つに、「重力レンズ」と呼ばれる現象を利用するというものがある。重力レンズとは、手前に存在する天体の重力によって、背後に位置する遠方の天体からの光の経路が曲がったり光の強さが増幅されたりする現象だ。原理的には可能とはいえ、地球から見て天体同士がうまく重なる位置関係にならないと現象が起こらないため、この方法で遠方銀河内の単独の星が観測されたことはこれまでなかった。

米・ミネソタ大学のPatrick Kellyさんたちの研究チームは、しし座の方向約50億光年彼方に存在する銀河団「MACS J1149+2223」をハッブル宇宙望遠鏡(HST)で観測していた。Kellyさんたちの元々の観測目的は、以前この銀河団の重力レンズ効果によって複数の像が観測された93億光年彼方の超新星「レフスダール(Refsdal)」の追跡調査を行うことだった(参照:「初めて観測、重力レンズによる超新星の多重像」)。

Kellyさんたちが観測データを調べたところ、この銀河団に重なるように新しい光点が現れていた。HSTを使った継続観測で天体の光度変化や色を詳細に解析した結果、この光点は変光星や超新星ではなく、銀河団の背後にある90億光年彼方の渦巻銀河の中に存在する青色超巨星の光が重力レンズによって増幅されたものであると結論付けられた。

研究チームではこの天体に「イカロス」という愛称をつけている。これまで、単独の星の観測は1億光年以内の近傍銀河内のものに限られていた。90億光年離れた銀河に存在するイカロスは、「観測された最も遠い単独の星の距離」の記録を100倍近くも更新したことになる。

銀河団とイカロス
(左)銀河団「MACS J1149+2223」とイカロスの出現位置。(右)2011年と2016年のイカロス付近の拡大図。矢印の先がイカロス(提供:NASA/ESA/P. Kelly)

イカロスは重力レンズ効果によって、最大で本来の明るさの2000倍以上に増光したと見積もられているが、銀河団による重力レンズ効果だけでは600倍ほどしか増幅しない。複数のモデルから、銀河団内に存在する太陽質量の3倍ほどのコンパクトな天体がイカロスの手前を通過して「重力マイクロレンズ現象」が起こり、それによってイカロスの光がさらに増幅され、結果として2000倍以上まで明るくなったことが示唆されている。

今回の観測は、遠方の銀河を構成する星に関する貴重な情報をもたらすだけではなく、宇宙の質量の大半を構成するダークマター(暗黒物質)の研究に対しても非常に有用なデータを与えている。

解析によると、ダークマターがどのような物質から構成されているかで星の増光パターンが大きく変わりうる。2015年にブラックホール同士の合体による重力波が初検出されて以降、ダークマターが太陽の数十倍の質量のブラックホールから構成されているという説についての研究が活発に進められているが、「すべてのダークマターがそのような構成である」とすると今回観測されたイカロスの増光パターンを説明できないことから、こうした説は棄却されることになった。

2020年以降に打ち上げ予定となっている「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」が観測を開始し、イカロスのような単独の星の増光現象がさらに多数発見されれば、遠方の銀河を構成する星の研究やダークマターの研究がより一層進展すると期待される。

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