- 草思社
- 四六判、544ページ
- ISBN 978-4-7942-1718-9
- 価格 2,625円
邦訳書名に異議あり。評者はあまりにも軽すぎる書名だと考える。題名にブラックホールとつけば誰もが飛び込む時代だから、出版業にとってはこれが最適なのかもしれないが、本書はそんな軽薄な内容ではない。相対性理論を取り込まねば理解できない白色矮星の内部構造を理解しようとした、エディントンとチャンドラセカールらの激論と苦悶の跡を丹念に辿ったノンフィクションなのである。その意味で原書の副題が、内容をもっとも良く表現している。
本書の主人公は、現代恒星物理学では知らなくてはならない「チャンドラセカールの上限」を導入したインド出身のチャンドラセカールである。この人の生涯を語った本は、評者は本書以外これまでに知らない。しかも、エディントンという相対性理論および恒星物理学の大家と渡り合った若い天才が、人種差別にあって挫折していく過程が、克明に描かれており、本書は科学と人間とを考える上で大変に貴重なのだ。
書店で本書を手に取った人が書名から最初に期待するのは、ブラックホールをいつ、誰がどこでどうやって見つけたのかがわかることだろう。だが、全540ページ中400ページ近くまで読破しないと、ブラックホール候補の記事は出てこない。その間どなたも、著者のわかりやすくはあるが極めて高度な水準の物理学的説明に、相当に疲れ果てるはずだ。ただし、相対性理論の議論では必要不可欠とされる数式が、たとえば有名なE=mc2ですら出てこないので、アレルギーをお持ちの方もご安心あれ。
ともかく、本書を熟読されれば、相対性理論やブラックホールが単なる頭脳の遊びでなく、天体や宇宙の中に実在するものであることが、学者達の論争をたどることによってよく理解できるはずである。評者はこれまでこの手の本を嫌といっても良いほど読ませてもらったが、本書の右に出る本はないと断言させていただく。
なお、補遺15ページ、原注33ページの記事も大変勉強になる。