131(2016年1〜2月)
2016年7月5日発売「星ナビ」2016年8月号に掲載
332P/池谷・村上周期彗星
[先月号からの続き]
先月号で紹介したこの彗星は、2010年11月上旬に静岡の池谷薫氏と新潟の村上茂樹氏が9等級の新彗星として眼視発見した周期が5.4年ほどの新周期彗星です。彗星は、米国ハワイ州ハレアカラで1.8m望遠鏡を使用して行われているPan-STARRS1サーベイで、2015年12月31日に撮影した捜索画像上に20等級の微光の彗星状天体として発見されました。発見直後には、報告された発見は、この周期彗星の初めての回帰であることが確認されました。彗星の検出位置は、予報軌道(NK 2490(=HICQ 2015))から、赤経方向に-6.81°、赤緯方向に+3.26°も離れていました。しかも、前回の発見時の出現光度から予報される予報光度より6等級ほども暗いものでした。しかし、予報軌道の近日点通過時刻へ補正値ΔTを+6.89日を加えるとこの彗星のモーションと一致し、この彗星の初めての回帰とわかったものです。先月号でも紹介したとおり、2016年1月1日にマウナケアの3.6m望遠鏡で行われた確認観測の際、近くを同じモーションで動く21等級の彗星状天体が見つかり、最初の天体が主核A、この天体が副核Bと呼ばれることになりました。
ところで、前回の彗星の眼視全光度はどのくらい明るかったのでしょう。池谷・村上氏の発見報告直後にスペインのゴンザレスから「強烈な黄道光がバックにあったが、非常に晴れた空の下、11月4日14時17分JSTに新彗星を観測した。眼視全光度は7.6等。彗星には5′ほどのコマが見られた」という観測が届き、彗星は7等級と明るいことが知らされてきました。同じ日、ツーソンのハーゲンローザは7.4等、埼玉(当時)の永井佳美氏が9.2等、山口の吉本勝己氏も8.3等と観測しました。
各地でのその後の眼視全光度が11月7日に8.5等(アギエール;ブラジル)、11日に8.5等(アモリム;ブラジル)、13日に8.2等(ゴンザレス)、19日に8.7等(ゴイアト;ブラジル)と観測されました。しかし、12月4日に吉本氏が行った観測では、彗星は11.5等級より暗く、眼視ではとらえられなかったとのことです。彗星の形状も、発見時の鋭い恒星状から放物線状のエンベロープを持つコマの中心に細長い尾が伸びた形状に変わってきました。この形状は、過去にアウトバーストを起こした41P/タットル・ジャコビニ・クレサック彗星(2000年)、17P/ホームズ彗星(2007年)などの形状によく似ています。さらに山形の板垣公一氏から「池谷氏の発見前夜、11月2日に行った捜索では彗星が見られなかった」ことが報告されます。さらに池谷氏も「11月2日は、発見日11月3日より空の状態が良く、9等級の明るさであれば充分に発見できていた」とのことでした。つまり、彗星は急激に増光して、11月3日に池谷氏、11月4日に村上氏によって発見されたことになります。前回の回帰での彗星の最終観測は、上尾の門田健一氏によって2011年1月22日に行われています。このとき、門田氏のCCD全光度は16.3等でした。これは彗星の標準等級にしてH10=12.1等となります。
当時の眼視観測から明るい時期の彗星の標準等級はH10=4.5等となります。しかし、今回の回帰での光度予報は、彗星がバーストして増光していたことを考慮して、さらに門田氏の最終観測を参考に、予報光度パラメータとして、HICQ 2015ではそれより5.5等ほど暗いH10=11.0等が採用されました。それでもHICQ 2015にあるとおり、その予報光度は2015年夏頃に17等級、2016年1月頃に12等級となります。しかし、今回の出現での彗星はさらに暗く、1月上旬のA核のCCD全光度は19等級でした。
彗星にはその後も、2016年1月から2月上旬にかけて、C核、D核、E核、F核、G核、H核、I核、J核の存在が報告されます。主核A核は5月5日まで観測され、現在も観測は継続中で、2月中旬に17等級まで明るくなりました。その標準等級はH10=17.6等でした。これは、2010年の増光時の標準等級より、13等級も暗かったことになります。最初に報告された副核B核は3月11日まで観測され、拡散していきました。この核は揮発性物質が多かったのでしょう。しかし一時期、18等級まで明るくなりました。その標準等級はH10=18.3等でした。副核C核は5月5日まで観測され、現在も観測は継続中で、2月上旬に17等級まで明るくなり、一時期、A核を凌ぐ明るさになりました。このことは、2月7日22時59分発行のEMESで『今月の彗星の軌道改良リスト中に記したとおり、この彗星のC核が増光しています。栗原の高橋俊幸氏の2月5日の観測では、CCD全光度がA核が17.4等、C核が17.2等、ASOのシェロード氏の2月7日の観測では、核光度でA核が19.5等、C核が17.8等とC核は集光しているようで、A核より2等近く明るく観測されています。今後のC核の動向に注意してください。ちょっと前に届いたメイヤー主催のCOMET-MLで紹介されているオーストリアのジャガーの2月6日の動画を見ていると、すべての核が細長い極淡いオーラで囲まれているようにも見えます』というのコメントをつけ、その予報位置を観測者に送付しました。そのC核の標準等級はH10=17.1等と主核A核より0.5等明るいものでした。ただしこの値は、CCD全光度が報告された全観測の平均値です。もし、C核の増光時に彗星が検出されていた場合には、このC核が主核となったはずです。つまり、ひょっとすると、これが主核かもしれません。副核D核は2月上旬に観測され、最後の観測は2月17日で、その標準等級はH10=19.6等でした。E核、F核、G核、I核、J核は、暗く観測が少なく定かではありません。副核H核は2月から3月にかけて観測され、最後の観測は3月29日で、その標準等級はH10=18.9等でした。
5月上旬になって、充分に観測があるA核(NK 3097(=HICQ 20165))とB核とC核とD核について、その連結軌道を計算しました。その結果、A核からの核Bの分裂速度は-6cm/s(NK 3098)、核Cの分裂速度は-7cm/s(NK 3099)、核Dの分裂速度は+9cm/s(NK 3100)となります。いずれも秒速10cmに足りないゆっくりとした速度で分離していったことになります。仮に秒速10cmくらいの速度で分離したのなら、それは時速にして0.36km/hの速度となります。これらの結果は、5月6日00時11分に天文電報中央局(CBAT)のダン(グリーン)と小惑星センター(MPC)のギャレット(ウィリアムズ)に報告しておきました。ところで、本誌2016年4月号で『1P/ハレー彗星が837年の出現時、4月11日に地球に0.022auまで接近したため、天体力学では解き得ない原因でその運動を変えた』と紹介しましたが、このときのハレー彗星の運動速度を過去の出現と一致させるために-22cm/sの速度の補正が必要でした。この補正量から考えると、池谷・村上彗星の核の分裂速度は、その量より半分以下の速度となります。
現在のところ、A核が主核か、あるいはC核が主核なのか判断する情報がありません。しかし彗星は、次回は2021年8月18日に近日点を通過します。副核は、一般に1回の回帰で消滅します。このとき生き残っているのが主核となるでしょう。もし、2個の核(彗星)が観測されれば、それはまたそれで楽しいことです。しかし、どちらが主核であるかの判断にはしばらく時間がかかることになるでしょう。
超新星2016W in NGC 946
新年(2016年)1月からは、超新星の発見処理の管轄が移りました。本誌6月号の「今月の視天」で九州大学(当時)の山岡均氏と、7月号の「Observer's NAVI」でも吉本勝己氏が紹介しているとおり、発見者自身が当該サイト(TNS https://wis-tns.weizmann.ac.il/)に発見を書き込むことになりました。天体には、その報告順に発見年で始まるAT 2016xxxxという仮符号が与えられます。そして、発見が認められると、ATが超新星符号SNに変わります。従って、従来のように超新星の符号が連続して付けられるわけではありません。つまり、超新星符号は歯抜けとなります。なお、6月21日現在、仮符号はAT 2016cwt、超新星符号はSN 2016cwiまで進んでいます。もし、ともに掲げられているID No.が今年初に10000からスタートした連続した報告数ならば、その発見報告は今年になって2660個となります。ただ残念なのは、これまでのように詳しい発見事情や確認観測をつけた回報(公式な文書)として観測者や研究者などの購読者に送付されるということがなくなってしまったことです。これは捜索者にとって、発見する張り合いや自分の発見を世界に公表してくれるという喜びがなくなったことにもなります。
新年に入って、1月中旬頃は寒い日が続きました。1月18日には関東で早朝より雪が降りました。ここ洲本でも、翌日1月19日にはちらほらと雪が舞いました。外気温も+1℃まで下がりました。そんな時期、1月21日00時10分に山形の板垣公一氏から「系外銀河NGC 946に超新星を見つけた」という連絡があります。氏は「発見をTNSと中央局の未確認天体確認ページ(TOCP)にも入れました。どうなるかわかりませんが、グリーンにも報告してください」と話します。板垣氏の発見報告は00時03分に届いていました。そこには「自宅から栃木の観測所にある50cm f/6.8反射望遠鏡を遠隔操作して、アンドロメダ座にあるNGC 946を撮影した捜索画像上に17.0等の超新星状天体(PSN)を見つけました。画像の極限等級は19.0等です。このPSNは、今年1月10日に撮影した極限等級が18.5等の捜索画像上には、その姿が見られません。しかし、山形で1月19日に撮影した捜索画像上には17.9等で、すでに写っているのを見落としていました。なお、PSNは銀河核から東に13″、北に12″離れた位置に出現しています」という報告がありました。つまりこのPSNには、すでに2夜にわたる観測があることになります。そして板垣氏の発見画像を見ました。超新星は、小さな銀河の外側に広がる淡い光斑の中にかわいく輝いていました。
板垣氏の発見報告を作成して、それを00時39分にダンに送ったとき、香取の野口敏秀氏から00時25分にその確認観測が届いていたことに気づきます。氏の報告では「23cm f/6.3望遠鏡で1月20日23時31分に観測しました。光度は17.0等でした」とPSNは、板垣氏の発見光度と同じ明るさでした。この氏の報告は、1月21日00時46分にダンに伝えました。板垣氏からは01時16分に「報告を確認しました」という連絡が届きます。
さて天気予報では、ここでも1月24日には気温が-2℃、25日には-4℃となり、雪が降るとのことです。楽しみにそれを待ちました。予報どおり、1月24日16時には外気温が-3℃(最低気温が-3.5℃)になりました。しかし待っていた雪は、ちらほら降りはしましたが、積もることはありませんでした。なおこのPSNは、発見直後に中国でスペクトル確認が行われ、極大光度頃のIa型の超新星の出現であったことが報告されています。
PANSTARRS周期彗星(2016 BA14)
2月15日朝は冷え込み、雪が降って積もっていました。その雪が残る2月15/16日も寒い夜でした。その早朝(2月16日)になって、05時54分にダンから「3時間ほど前に送ったCBET 4257でその発見を公表したので知っていると思うが、252P/LINEARと軌道の形のよく似たP/2016 BA14が発見された。この彗星は、何公転か前に1つの彗星が分裂したのではないのか。2つの天体とも、ほぼ同時期、252Pは3月21.5日に地球に0.036au、2016 BA14の軌道は、まだ確かではないが、3月23日頃に0.024auまで接近する。きみの考えを聞きたい。過去に木星に接近し、その際、分裂したようなことはないのだろうか……」というメイルが届きます。このとき私は自宅にいました。しかし自宅のコンピュータが壊れ、インターネットに接続できないために、携帯でダンのメイルを見ました。とにかく今、何もできません。そこで06時14分に『その可能性はあるだろう。今、自宅からオフィスに接続できないために調べられない。夜にオフィスに出向いたときに確かめる。多分、9時間後くらいかなぁ……』という返答を送っておきました。
そして、その日(2月16日)の夜、オフィスに出向いたとき、2つの彗星について1800年までさかのぼってその関係を調べました。しかし、2つの彗星が接近していたことはありませんでした。木星には何回か0.5au内外に近づいていましたが、それ以上の大きな接近や2つの彗星が互いに接近した痕跡は見つかりませんでした。そこで、20時23分に『確かに2つの彗星の軌道は似ているし、同じようにこの3月に似たような接近をする。しかし、ここ200年の過去の接近を調べたが、2つの彗星が接近することや木星に大きく接近することはなかった。今いえるのは、これらの彗星には強い相関関係はない。おそらくP/2016 BA14は、252Pとは独立した別の彗星だろう』という返答を送りました。
ただ、これらの彗星は地球に大きく近づくため、明るい彗星として3月に観測できるのは事実です。そこで、2月18日になってEMESで観測者に『新彗星2016 BA14と252Pの接近予報』というタイトルで『2015年度版「天文年鑑」p.175〜177で紹介したとおり、2016年3月には、252P/LINEAR周期彗星の地球への接近が予報されていますが、この彗星(252P)と似たような軌道を動く、新彗星(2016 BA14)が発見されました。この彗星は、Pan-STARRS1サーベイで2016年1月22日にはと座を撮影した捜索画像上に19等級の小惑星状天体として発見され、天体には小惑星の仮符号2016 BA14が与えられました。
この小惑星をアリゾナにある4.3m望遠鏡で2月10日に観測したナイトらは、東北東に淡い尾があるように見えることを観測します。さらに2月13日の観測では、同じ方向に少なくとも10″ほどの尾が伸びていることが観測され、小惑星は彗星であることが判明しました。彗星には、同サーベイで2015年12月1日に撮影された捜索画像上にも、発見前の観測が見つかりました。このときの光度は21等級でした。2015年12月1日から2016年2月14日までに行われた143個の観測から決定した軌道では、周期が5年ほどの短周期彗星で、軌道は、軌道傾斜角を除き、同時期に地球に0.036auまで接近し9等級まで明るくなる252P/LINEAR周期彗星とよく似ていました。そのため、その成因に何か共通点があるのではないかとも考えられましたが、現時点では別の独立した新彗星のようです。
なお、上記の軌道からの予報では、彗星は2016年3月22.6日UTに地球に0.024auまで、月に0.021auまで接近し、その頃、1日あたり20°近い日々運動で空を移動します。特に3月22日24時JST頃には、日々運動が1175′と1時間あたり1°近い高速で移動します。彗星は標準等級がH10=20.5等の極めて微小の彗星ですが、接近日頃には12等級まで明るくなります。また、実長が0.05auほどの短い尾があるならば、接近時頃には40°近い尾が伸びていることになりますが、実際には本体が12等と暗く、尾を観測することは難しいでしょう。なお、経路図が次のウェッブサイトにあります』という解説をつけて、3月の接近時での252PとP/2016 BA14の観測を依頼しました。増光したときの両彗星については、機会があればまた紹介します。
※天体名や人物名などについては、ほぼ原文のままで掲載しています。