非常に遠い銀河の分光観測

【2002年3月14日 国立天文台天文ニュース(534)

ヨーロッパ南天天文台のVLT望遠鏡は、120億光年もの遠距離にある銀河の分光観測に成功しました。その結果、この銀河の近傍にはたくさんの銀河間ガス雲が存在していることが確認されました。これらは若い時代の超銀河団の可能性があると考えられます。

(遠方銀河MS1512-cB58の写真)

ハッブル宇宙望遠鏡のWFPC2カメラで撮影された、遠方銀河MS1512-cB5(写真提供:NASA / ESAESO

観測された対象天体は、MS1512-cB58 と名付けられた「うしかい座」にある銀河で、120億光年の距離にあります。これは、ビッグ・バンからたった30億年しか経っていない時代のものです。この遠い距離にあって、この銀河は20.6等という例外的な明るさをもっています。これは、視線方向の中間にMS1512+36と呼ばれる大きな銀河団があり、重力レンズによるその拡大作用で、実際の明るさの50倍以上に輝いているからです。

それでも、20.6等は決して容易に観測できる明るさではありません。そこでジョンズ・ホプキンス大学のサバグリオ(Savaglio,S.)たちのチームは、パラナル山の8.2メートルVLT望遠鏡のUVES(Ultraviolet-Visual Echelle Spectrograph)分光器を使い、幾晩もの露光を重ね合わせた末、やっと詳細なスペクトルを得ることに成功しました。クェーサーを別とすれば、これだけの距離の銀河に対して詳しいスペクトルを得たのは初めてのことです。クェーサー周辺の銀河間ガスはイオン化が激しく、水素ガスの分布を知るのには適当ではありません。

そこで観測されたものは、ライマン・アルファの森と呼ばれる水素原子の吸収線です。静止波長でライマン・アルファ線の波長は121.6ナノメートルの紫外域にあるため、通常は観測できません。しかし遠距離の天体は赤方偏移によって波長が長い方にずれるため、地上で観測できるようになります。さまざまな距離に水素ガスがあると、それぞれ赤方偏移量が異なりますから、少しずつずれてさまざまな位置にその吸収線が現われ、いわゆるライマン・アルファの森になるのです。

MS1512-cB58のスペクトルに現われたこのライマン・アルファの森の状況から、この銀河の近傍に、例外的なほど多くのガス雲の存在することがわかりました。それが何を意味するか、解釈はひとつではありません。MS1512-cB58に付随する構造であろうという考え方もあります。しかし、これらたくさんのガス雲の群は、MS1512-cB58とは離れたところにあり、形成初期にある大規模構造、つまり若い超銀河団であろうという意見が大勢となっています。

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