遠方銀河内の激動
【2006年3月24日 国立天文台 アストロ・トピックス(196)】
次世代の分光器が立ち上がっています。その中でも、今回は、ESO(ヨーロッパ南天天文台)がもつ大型望遠鏡VLT(Very Large Telescope)に搭載された三次元分光器GIRAFFE(ジラフ)の研究結果をご紹介しましょう。2006年3月16日に発行されたESOのニュースリリースからの記事です。
ESOが持つ8.2メートルの大型望遠鏡VLTに搭載された三次元分光器GIRAFFEを用いて、数十個の遠方銀河が観測されました。ターゲットは約60億光年遠方にある銀河です。遠方の銀河を調べることで、宇宙がもっと若かった頃の銀河の様子がわかるからです。この研究では、宇宙が現在の半分の年齢だったころから現在までに銀河がどのように進化してきたのかを調べることが目的でした。研究チームは、約60億光年遠方の銀河でも星とダークマター(=見えない物 質、暗黒物質)の比が同じくらいだったことを明らかにしました。これがきちんと確認されると、ダークマターと"見える"物質は、これまでに考えられていたよりもずっと密接に関係して、銀河進化に係わっていることになります。
また、観測された銀河のうち4〜10個の銀河は力学的にバランスを崩していることもわかりました。このような状態になるのは、銀河が衝突や合体を起こした後です。銀河同士の衝突や合体は、理論的にも示されているように、銀河の進化と形成に大切な役割を果たしているのかもしれません。
さて、ダークマターとは、いまだに素性の知れない物質です。天文学者は銀河がどのように回転しているかを調べて、どのくらいのダークマターが存在しているのかを見積もります。近傍の銀河や私達の銀河系では、ダークマターと星の質量には関係があることがわかっています。1キログラムの星に対しておおよそ30キログラムのダークマターがあります。しかし、このダークマターと星の質量の関係は過去の宇宙でも成立しているでしょうか?この問いに答えるためには遠方銀河の異なる場所で速度を測らなければなりません。が、それは難しい観測で、これまでの観測では遠方の銀河を十分に詳しく調べることはできませんでした。観測装置の制限から、銀河の一部分の速度しか測定できなかったからです。
一度に多数の天体を分光することができる多天体分光器の出番です。この研究で用いられたGIRAFFEという多天体分光器は同時に複数の天体を分光することができるだけでなく、銀河や星雲のように広がった天体の様々な領域のスペクトルを同時に観測するモードが備わっています。三次元分光モードといいます。GIRAFFEには、視野が3×2秒の二次元レンズアレイが15個あり、それらを直径25分の視野内に配置できます。二次元レンズアレイは20個のマイクロレンズが並 んでいて、まるで昆虫の複眼のようになっています。GIRAFFEは満月の大きさくらいの視野の中に散らばった最大で15個の銀河ひとつひとつを複数の領域に分けて、それぞれの領域に対する分光を同時に行うことができるのです。
GIRAFFEを使い、研究者たちは約60億光年遠方にある数十個の銀河の速度場を測定しました。そして、約40パーセントもの内部運動が非常に乱されていることを明らかにしました。おそらく、銀河同士の衝突が起こった結果なのでしょう。残りの比較的落ち着いた状態にある銀河に限ってみると、ダークマターと星の質量比は、今日の銀河と同じ程度でした。また、その高い分解能を利用して、遠方にある銀河の密度のガスの分布も研究されました。そして、銀河の中で起こった活発な星形成によるガスとエネルギーが流出している可能性を明らかにしました。加えて、"落ち着いた"状態の銀河でも、その中に巨大な非常に熱いガスの領域(HII領域)があることを見つけました。
すばる望遠鏡を含め、世界の8〜10メートル級大型望遠鏡では、それぞれに特徴をもつ三次元分光器が立ち上がっています。三次元分光という新しい観測手法は、遠方銀河の多くの物理的・科学的特徴の"地図"を作るという研究へと拡張していくでしょう。そして、詳細に、銀河が一生を通じてどのように質量を集めて成長したのかを調べることができるようになると期待されています。