写らないはずの、銀河が… − クエーサーとガンマ線バーストの奇妙な不一致
【2006年8月7日 US Santa Cruz Press Release】
天文学者にとっては、心霊写真を見てしまった気分かもしれない。宇宙のはるか遠方にある2種類の天体を撮影したところ、天体とわれわれの間に存在する銀河が見える割合が両者でまったく異なっていたのだ。奥に存在する天体が違うことが理由で手前に存在する天体に変化が起きるなど、数億光年という宇宙的スケールでは絶対にあり得ない。この問題については、まだ誰も答えを出せないでいる。
「多くの方が頭を抱えていて、彼らのほとんどはこの悩みが解消されることを願っているようです」と語るのは、米・カリフォルニア大学サンタクルーズ校のJason X. Prochaska准教授。彼の研究グループが発表した論文が、今天文学者の間で議論を巻き起こしている。
彼らの研究内容はごく簡単だ。クエーサー(解説参照)とガンマ線バースト(解説参照)を観測して、間に銀河が存在するかどうか調べるというものである。たとえ銀河が通常の観測ではわからないほど暗かったとしても、銀河中のガスが特定波長の光を吸収するため、奥の天体から届くスペクトルを調べれば存在がわかる。このことを利用して、スローン・デジタル・スカイ・サーベイで撮影された5万個あまりのクエーサーを調べたところ、ほぼ4個に1個の割合で、間に銀河が存在した。ガンマ線バーストに関しても、同じような結果がでるかと思われた。
ところが、NASAの観測衛星スウィフトがとらえた15個のガンマ線バーストのうち、なんと14個が銀河による強い吸収を示していたのだ。これは決して測定数が少ないせいではない。統計的に考えると、「実は両者とも銀河に遮られる確率は同じだが、たまたまこういう結果がでた」と言える確率は10000分の1であるという。
この違いを説明するべく、3つの仮説が提示された。
1つ目は、銀河に光を吸収されるどころか完全に隠されてしまったクエーサーが存在するというもの。実は見えていないクエーサーが無数にあるのだとすれば、ガンマ線バーストとの間の差は縮まる。しかし、クエーサーに関しては膨大な数を調べているので、実際にどれくらいが隠されていそうなのかは見積もれるとProchaska氏はいう。結論は、そんなクエーサーはほとんどないというものだった。
2つ目は、ガンマ線バーストのスペクトル中に見られる吸収は、他ならぬガンマ線バースト天体自身が放出したガスによるものだという考えだ。しかし、ガンマ線バーストの方向を詳しく観測すると、ほとんどのケースで実際に、同じ方向に銀河が存在した。光を吸収していたのは、間違いなく銀河なのだ。
最後に、間に存在する銀河が重力レンズとして働くことで結果に影響を及ぼしているという意見がある。重力レンズ効果によって遠方の天体の光は強められるが、この効果がクエーサーの場合とガンマ線バーストの場合で違う、というわけだ。Prochaska氏もこの説をとっていたようだが、重力レンズに詳しい研究者から否定されてしまった。
理論的に行き詰まっている今、やはり問題を前進させるにはガンマ線バーストの観測数を増やすしかない。スウィフトが順調に活躍を続ければ観測数は3倍や4倍になるが、まだまだ先のこと。その間、天文学者たちはこの問題にとりつかれたままになりそうだ。
クエーサー
ひじょうに遠方にあって通常の銀河数十個分のエネルギーを放出していると考えられている「クエーサー」と呼ばれる天体がある。観測されているクエーサーはもっとも近くても8億光年かなたにある。正体は今もって謎だが、大質量ブラックホールをエネルギー源としているとする説が有力だ。(「150のQ&Aで解き明かす 宇宙のなぞ研究室」Q.92 クエーサーって何? より一部抜粋 [実際の紙面をご覧になれます])
ガンマ線バースト
宇宙のある一点から突然、強力なガンマ線がひじょうに短い時間だけ飛来してくる現象。性格の違う2種類のものがあることがわかっている。1つは「ロング・バースト」と呼ばれるもので、ガンマ線の放射時間は2秒から数分程度だ。放出源として極超新星爆発説が有力になってきている。もう1つは「ショート・バースト」と呼ばれる。放出時間は数ミリ秒から2秒程度で、中性子星やブラックホール同士の合体だという説が有力だ。(「150のQ&Aで解き明かす 宇宙のなぞ研究室」Q.93 ガンマ線バーストって何? より一部抜粋)