「5つ星」のクエーサー
【2006年5月26日 HUBBLESITE Newsdesk】
NASAのハッブル宇宙望遠鏡HSTで撮影された深宇宙の画像は、どれも興味深いものばかりだ。その中でも、特に珍しく科学的意義も大きい、「5つ星」の画像が公開された。
HSTが撮影したのは、70億光年先にある銀河団、SDSS J1004+4112だ。この銀河団の中心と、その周辺に、5つの輝く星がある。しかし、この天体は恒星ではなく「準恒星状天体」、つまりクエーサー(解説参照)で、しかも、5つの天体はすべて同じクエーサーなのだ。これは、奥(さらに遠方)にあるクエーサーが手前にあるSDSS J1004+4112の重力により、ゆがみ、拡大され、しかも複数見える、いわゆる重力レンズ効果が働いているからだ。
クエーサーは、巨大ブラックホールに飲み込まれる物質の重力エネルギーが解放されることで、はるか彼方から見ても恒星と見間違えそうなほど明るく輝いている。普通、こうした巨大ブラックホールは銀河の中心に位置していると考えられるが、実際、このクエーサーを宿している銀河が、赤く細い弧として写っているのがわかる。
銀河団がレンズとなって1つのクエーサーが複数個に見えたのはこの天体が初めてのもので、HST以外の観測でも既に知られていた。ところが、理論上重力レンズの像は奇数個になるはずだが、これまでこのクエーサーは4つしか見えなかった。銀河団に埋もれてしまった真ん中の像は、HSTの分解能力で初めて分離され、めでたく5つ星に格が上がり、理論が正しいことが裏付けられたのである。
SDSS J1004+4112による重力レンズの影響を受けているということは、このクエーサーおよびクエーサーを宿した銀河がさらに遠くにあることを意味する。実際、その距離は100億光年と推測されている。ひじょうに遠いが、観測史上最大と言われる重力レンズの拡大倍率で、銀河の形は大きく引き延ばされて見えている。ところが、なんと同じ画像には、やはりSDSS J1004+4112の重力レンズで拡大された120億光年先の銀河も写っている。宇宙が誕生してから10数億年しか経過していない、たいへん古い時期の銀河だ。
もちろん、SDSS J1004+4112自体も70億光年先にあるのだから、70億年前、つまり宇宙が現在の年齢の約半分しかなかったころの銀河団だ。その天体名が示すとおり、スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)が発見した、今のところもっとも遠方にある銀河団の1つだ。ところで、この画像を以前に撮影したものと比べることで、銀河の1つに超新星が見つかった。こうした遠方の超新星爆発を観測することは、宇宙に重元素が蓄積されていく過程を研究する上で欠かせない。この超新星のおかげで、画像の価値はもう1ランク上がったと言えよう。
クエーサー
Quasi-Stellar Object(準恒星状天体)の略。恒星のように点状に見えながら、スペクトル観測からは銀河のような性質を持ち、きわめて遠方の天体である。数十億光年以遠に観測され、中には百数十億光年かなたのものも発見されている。このような超遠距離で光っているということは、莫大なエネルギーを放出しているということで、それは銀河系の数百倍〜数千倍に達する巨大なものである。その正体は、宇宙の比較的初期に形成されたきわめて活動的な銀河(の中心核)と考えられる。(「最新デジタル宇宙大百科」より抜粋)