すばる望遠鏡で127億年前のクエーサーを発見
【2006年8月30日 すばる望遠鏡】
1億8000万個もの天体の中から、日本の研究者が127億年前のクエーサーを発見した。候補を絞り込み続け、最後にはすばる望遠鏡が使われた。このクエーサーは日本人が発見したものとしてはもっとも遠く、宇宙誕生後10億年における天体の進化や宇宙空間の様子について、貴重な情報を教えてくれる。
現代天文学の最重要課題の1つは、「宇宙が再電離した時期と過程を明らかにする」ことだ。ビッグバンから誕生した宇宙では、物質は原子として存在せずに、原子核と電子がばらばらの「電離状態」にあった。30万年後、宇宙がじゅうぶんに膨張して温度が冷えると、原子核と電子は結合した。ところが、現在宇宙空間の物質は電離している。おそらく、輝きを放つ天体が誕生したことによって、放射される紫外線が結合した原子を再び分けてしまったと考えられている。これが「宇宙の再電離」と呼ばれるできごとだ。
宇宙再電離の時代に迫るのは容易ではない。それは120億年以上昔のことであり、120億光年以上のかなたを見なければいけないからだ。数少ない手段の1つが、クエーサー(解説参照)を観測することである。クエーサーは、中心部にあると予想される超巨大ブラックホールが解放するエネルギーによって、可視光や紫外線でひじょうに明るく輝く。この光は100億光年離れていても地球に届くほど明るいが、途中に「中性水素」、すなわち電離されていない水素が存在すると、特定の波長の光が吸収されてしまう。この吸収の有無で、クエーサーが存在した時期に宇宙が電離していたかがわかるのだ。
「クエーサー」という言葉が、「準恒星状(Quasi-stellar)」の短縮形から来ているように、クエーサーの光を単なる恒星と区別するのは容易ではない。遠方クエーサーを探す宇宙航空研究開発機構(JAXAの後藤友嗣研究員がまず始めたのは、スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)で撮影された1億8000万個もの天体から候補を絞り込むことだった。その領域の広さは、なんと全天の6分の1にもおよぶ。
ひじょうに遠方にあるクエーサーは、膨張する宇宙によってその分速く遠ざかっている。そして、クエーサーが放つ光もそれだけ大きく赤方偏移している。そのため遠方クエーサーは理論上、SDSSが撮影した複数の波長のうち、もっとも赤い光でのみ明るく見えるはずだという。こうして絞られた候補のうち、131個の天体をアパッチポイント天文台3.5メートル望遠鏡とマウナケアの3.8m英国赤外線望遠鏡を使い近赤外線で撮影した。近赤外線のデータをもとに、暗い主系列星と考えられる天体が候補から外され、残ったのは26個。仕上げは、すばる望遠鏡の微光天体分光撮像装置(FOCAS)による分光観測だ。「最終候補」のうち25個は褐色矮星で、1個は127億年前のクエーサーだった。
クエーサーはかに座の方向にあり、127億光年という距離は日本人が発見した中では最遠で、世界中の研究を見渡しても11番目の遠さだ。果たしてこの時期宇宙は再電離していたのだろうか。中性水素に吸収される波長を調べたところ、クエーサーから届いた光は無事地球に届いていた。どうやら、127億光年前にこのクエーサー付近では宇宙はすでに再電離を迎えていたようだ。
一方、クエーサーの明るさから見積もられる、中心の超巨大ブラックホールの質量も興味深い。そこには、太陽約20億個に相当する物質が集まっていたのだ。宇宙誕生からわずか10億年でこれだけの天体が形成できたということになる。
干し草の山から針を探すほどの努力の末に、ようやく一本の針が見つかったが、後藤研究員はまだ針が残っていると考えている。もっとクエーサーを見つけ出し、系統的な観測からさまざまな場所で宇宙再電離の時期を調べたいとのことだ。さらには、世界最遠のクエーサーを発見するべく探査を計画しているという。
クエーサー
きわめて遠方の天体である。実際、数十億光年以遠に観測され、中には赤方偏移値が4(後退速度が光速の9割)を超え、百数十億光年かなたのものも発見されている。銀河系の数百倍〜数千倍に達する莫大なエネルギーを放出しているものもあることから、その正体は、宇宙の比較的初期に形成されたきわめて活動的な銀河(の中心核)と考えられる。おそらくその中心に巨大ブラックホールがあり、これに流れ込む物質の莫大な重力エネルギーの解放が原因となっていると考えられている。(「最新デジタル宇宙大百科」より)