謎の明滅ガンマ線は幻の「パルサー風」だった

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【2012年2月24日 JAXA

超新星残骸「かに星雲」の中心のパルサー周辺で観測されていた超高エネルギーガンマ線放射が、「パルサー風」と呼ばれる、ほぼ光速の電子・陽電子の流れに由来するものであることがわかった。これまで検出不可能と思われていたパルサー風の存在が直接的に示されたのは初めてのことだ。


かにパルサーとかに星雲

かにパルサーとかに星雲

かにパルサーとその周辺に広がるかに星雲。クリックで拡大(提供:国立天文台)

おうし座にある「かにパルサー」は、1054年に観察された歴史的な超新星爆発で生じた中性子星だ。超新星残骸「かに星雲」(画像)の中心にあり、強力な磁場をもつ。パルサーとは高速で回転している中性子星で、その回転のために地球からは放射が短い周期で明滅しているように観測される天体である。

今回の研究成果

2011年10月、アメリカやスペインの大気チェレンコフ望遠鏡(注1)により、このかにパルサー周辺で「明滅する超高エネルギー(VHE)ガンマ線放射」という驚くべき現象が観測された(参照:2011/10/12「かに星雲のパルサーから超高エネルギーのガンマ線を検出」)。

この現象について、JAXA宇宙科学研究所で研究を行うドミトリー・カングリヤン氏は、パルサー本体からのX線放射が「パルサー風」の高速電子により散乱して生じたものとするのが最もつじつまが合う、という研究成果を発表した。

「パルサー風」とは

一般的に、中性子星からは光速近くまで加速された電子と陽電子の風(パルサー風)が吹き出していると考えられている。パルサー風は中性子星からわずか1000kmのところにある磁気圏から吹き出し、0.3光年ほど進んだところで星間物質とぶつかって止まる。この上流から下流にかけての過程は、以下の3つの段階がある。

  1. 強い磁力線を持つ中性子星が高速回転することによる、中性子星の回転エネルギーから電磁場のエネルギーへの変換
  2. 電磁場のエネルギーから、電子と陽電子の流れの運動のエネルギーへの変換(風の加速)
  3. 衝撃波による風のせき止め

衝撃波では、電子が最高で1PeV(1000兆電子ボルト=電子を1000兆ボルトで加速したときのエネルギー)まで加速され、進行方向がばらばらになる。これにより広い範囲で超高速の電子・陽電子と磁力線の相互作用が起こり、その発光が星雲として観測されている。

観測結果から見ると、これらの3つのエネルギー変換はかなり高い効率(100%近く)で行われるはずだ(注2)。40年以上の間、パルサー風の存在は疑いようのないものと信じられてはいたが、それを直接とらえた証拠はなく、パルサーや周囲の非熱的な星雲の解析から得られる間接的なものに留まっていた。

逆コンプトン散乱によって高エネルギーガンマ線が発生するしくみ

逆コンプトン散乱によって高エネルギーガンマ線が発生するしくみ。光速に近い速度で運動する電子のエネルギーの一部が光子との弾性衝突後に光子に与えられ、高エネルギーガンマ線が生じる。クリックで拡大(発表資料より)

かにパルサーとかに星雲は、高エネルギー波長のガンマ線を強力に放つガンマ線源だ。一方でパルサー風は、パルサーから星雲にエネルギーを運ぶものの、どの波長でも観測されることはなく、一般に“見えない物質(dark substance)”であると信じられてきた。光速に近いスピードにもかかわらず、風にともなう磁場とともに整然と流れているために、電子は乱れた運動をせずシンクロトロン放射(注3)を出さないからだ。

ただし、パルサーの磁気圏や中性子星の表面からのX線が、パルサー風に含まれる高速の電子・陽電子とぶつかってエネルギーを獲得することでガンマ線に変化するという過程(逆コンプトン散乱)で超高エネルギーガンマ線を放射することはできる(画像)。

研究成果の詳細

パルサー周辺の磁気圏と光円柱の模式図

パルサー周辺の磁気圏と光円柱の模式図。クリックで拡大(発表資料より)

検出されたVHEガンマ線の明滅は、パルサー自体と周期が同じなので、一見パルサーの磁気圏から放射されているように見える。だが従来の一般的な理論からすると、高エネルギー放射(10GeV以上)が出ることはほぼありえない。パルサー風の放射と考えるのがより自然だ。これなら、観測された放射のスペクトルと時間変化について、風が加速された場所、その最終的な速度、非等方性の度合いというたった3つの仮定を置くことで説明できる。そしてこの解釈が正しければ、この明滅するVHEガンマ線放射が、パルサー風についての初めての観測的証拠ということになる。

この研究ではまた、これまでに報告されているガンマ線データを用いて風が加速される場所を特定し、電磁場のエネルギーから風の運動エネルギーへの変換のスピードを見積もった。その結果は、「光速度の99.999999999%に達する風の加速が、パルサーの回転軸にそった光円柱(画像)の20〜50倍という狭い領域で瞬間的に行われている」というものだった。パルサー風の速度は一般的な説どおりだが、光円柱近くの狭い領域での瞬間的とも言える加速については、従来の理論モデルとは異なっており、今回の結果をもとにさらなるモデルの洗練化がなされていくだろう。

注1:「大気チェレンコフ望遠鏡」 宇宙からくるガンマ線が地球大気に突入した際に生じるチェレンコフ放射を検出するという方法でガンマ線をとらえる。

注2:「高い効率のエネルギー変換」 副次的な発生エネルギー(例:使い捨てカイロで利用する、鉄+酸素で発生する熱)が少なく、元のエネルギーがまるごとそっくり変換されること。

注3:「シンクロトロン放射」 電荷を持った電子などの高エネルギー粒子が磁場中で曲げられた際に光が発生する現象のこと。特定の方向に偏光して発生するという特徴を持つ。