X線偏光でとらえたブラックホール近傍の秒スケール変動
【2024年8月2日 立教大学】
はくちょう座X-1は、恒星とブラックホールが互いの周囲を回っているブラックホール連星だ。太陽の約20倍の質量を持つブラックホールが、その約2倍の質量を持つ青色巨星から物質をはぎとり、ブラックホール周囲に約100万度の降着円盤を形成している。また、ブラックホールの周囲は10億度に加熱された高温ガスであるプラズマがつくる「コロナ」に覆われている。
こうしたブラックホール近傍の物理状態を解き明かすには、その付近から放射されるX線を観測する必要がある。はくちょう座X-1までの距離は約7000光年と遠く、ブラックホールのサイズが小さいため、地球からは“点”としかとらえられないが、X線エネルギーと到来時間の関係を調べてブラックホール近傍のガスの流れを調べる「短時間増光集積法」が考案されている。
この手法に加えて、特定方向にのみ振動する光(電磁波)である“偏光”を用いると、ブラックホール近傍の降着円盤やコロナの位置関係、コロナの形状を知ることができる。降着円盤やコロナからのX線は、その形と位置関係に従った偏光状態を示すので、X線の「偏光度」と「偏光角」を測定できれば、降着円盤とコロナを詳細に調べることができるのだ。
そこで、東京理科大学の二之湯開登さんたちの研究チームは「短時間増光集積法」と「X線偏光」を組み合わせて、はくちょう座X-1のブラックホール近傍の物理状態の解明に挑んだ。
二之湯さんたちは、1秒スケールの増光現象をとらえて変動に伴う偏光を解析するにあたり、複数の明るさの時間変化の中から急速に増減光するようなイベントを足し合わせて「集積された」増光現象として用いた。この手法をX線偏光観測衛星「IXPE」の観測データに取り込んで解析を行ったところ、日本のX線天文衛星「すざく」の観測データで同様の解析をした結果と一致した。
さらに、秒スケールの変動に伴う偏光情報の変化を調べたところ、最も明るくなる時に偏光度が低くなり、偏光角が明るさのピークの前後で変化する様相が示された。ピーク直後の2秒間に偏光情報が最も変化しているようだ。
秒の時間間隔での明るさの増減に付随した偏光状態の変化は、最も明るい状態のときに降着円盤かコロナ、もしくはその両方がブラックホールに落ち込んでいくことによって説明がつくと考えられている。また、降着円盤の内側からの無偏光の放射が多くなったり、コロナと降着円盤からの偏光角の異なる光が混ざりあったりして、偏光度が低くなることで偏光角も変化したと考えられる。
今回解析されたデータは、降着円盤の内縁が比較的ブラックホールから離れていた時期のものと考えられている。今後、降着円盤がブラックホールに近づいて、降着円盤の放射が支配的になる時期に短時間の偏光変動を測定することで、ブラックホール近傍のガス降着物理が検証できると期待される。
〈参照〉
- 立教大学:X線偏光によりブラックホール近傍の数秒の変化を捉えることに成功~X線偏光と短時間解析の合わせ技によるブラックホール近傍の理解
- Publications of the Astronomical Society of Japan:Polarized X-rays Correlated with Short-Timescale Variability of Cygnus X-1 論文
〈関連リンク〉
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