天の川銀河の折り重なる磁場を初めて測定
【2024年1月19日 東京大学 大学院総合文化研究科】
天の川銀河の内部には、地球の磁場の約10万分の1というごく弱い磁場(星間磁場)が存在する。星間ガスはこの星間磁場の磁力線に沿って運動する性質があるため、ガスが磁力線に沿って集まり、磁力線に「串刺し」になる形で星間雲が生まれて、そこから新たな星が誕生すると考えられている。
星間ガスが集まるときには、ガスが磁力線を“引っ張って”、磁力線自体の分布にも影響を与える。そのため、銀河の中で星間磁場の磁力線がどんな向きになっているかを理解することは、星の材料となる星間ガスが集まる過程やそのしくみを知る上で重要だ。
天の川銀河は棒渦巻銀河で、銀河円盤には何本かの「渦巻腕」がある。渦巻腕の部分にはガスや塵が多く、内部でさかんに新しい星が生まれるが、腕の中で星間磁場がどんな向きに分布しているのかはよくわかっていなかった。
東京大学の土井靖生さんたちの研究チームは、天の川銀河の中で、太陽系が属する「オリオン座腕」のすぐ内側にある「いて座腕」という渦巻腕に着目し、広島大学かなた望遠鏡の偏光観測装置「HONIR」を用いて、いて座腕の星々から出た光の「偏光」を観測した。偏光とは、光(電磁波)の振動が特定の方向に偏る現象だ。星から出た光には様々な向きのものが混ざっているが、途中で磁場を通り抜けると、磁場に沿った方向の偏光だけが強まる性質がある。そこで、偏光を観測すれば、星と地球の間にある磁場の様子を知ることができる。
ただし、星から出た光が途中でいくつもの星間雲を通り抜けて地球に届く場合、偏光観測だけでは、個々の星間雲がどのような向きの磁場を持つのかまではわからない。これまでの観測技術では、地球から見て奥行き方向の様々な距離にある星間磁場の情報が全て重なった、平均的な偏光しか測定できなかったからだ。
そこで土井さんたちは、天の川銀河にある星々の距離を精密に測定した位置天文衛星「ガイア」の距離データと、いて座腕の星々の偏光観測データとを組み合わせることで、光の経路の途中に存在する複数の星間雲の磁場を正確に取り出す手法を開発した。
その結果、これまでは天の川銀河の円盤に沿ってほぼ一様に分布すると考えられていた渦巻腕の磁場が、実は距離ごとに大きく傾いたいくつもの磁場の重なりになっていることが明らかになった。しかも、重なって見えているそれぞれの距離で、磁場は乱れが少なく非常に滑らかなものだった。
過去の観測では、天の川銀河以外の様々な渦巻銀河でも、渦巻腕の内部でほぼ等間隔に星形成が起こっている現象が見つかっている。こうした現象は銀河の磁場と何らかの関係があると考えられるが、それらの銀河に具体的にどんな磁場があるのかが不明なために詳しくはわかっていない。研究チームでは、今後は天の川銀河全体にわたって渦巻腕の磁場構造を明らかにして、活発な星形成を引き起こすガスがどう集積し、どんな歴史を経てきたのかを観測的に明らかにしたいと考えている。
〈参照〉
- 東京大学大学院総合文化研究科:天の川の「あやつり糸」の断層撮像に初めて成功 ― 三次元磁場構造の初観測で天の川銀河の構造形成の謎に迫る
- The Astrophysical Journal:Tomographic Imaging of the Sagittarius Spiral Arm's Magnetic Field Structure 論文
〈関連リンク〉
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