月刊ほんナビ 2024年5月号
📕 「歴史から見る宇宙 宇宙から見る歴史」
紹介:原智子(星ナビ2024年5月号掲載)
中学入学の春、歴史の授業で先生から「みなさんはなぜ歴史を勉強するのか」と聞かれた。「卒業までに考えるように」と言われ教科書を開いた。やがて答えがわかり、さらに高校で「教科書を含めて歴史書は不変でなく、時代と立場によって違うことに留意しろ」と言われた。“歴史”とは特定の視点から見た先人の記録であり、そこから何を学びどう使うか実に興味深い。
今回は、宇宙や天文の歴史に関係する書籍を見ていこう。
『ビジュアルNASA図鑑』は、NASAの創設から現在までの軌跡を記録したビジュアルブック。1958年から65年間に行われた有人飛行は200回を超え、12人が月面を歩いた。NASAはその成果を生むために何倍もの実験やテストを繰り返し、ときには人的被害を出しながらも歩み続けた。大判の紙面には、宇宙開発にまつわる貴重な写真と簡潔な説明、そして関係者の印象的な言葉が配されている。再び人類が月に立ち、新たな宇宙への扉を開こうとする今、あらためてNASAの失敗と成功と苦悩と未来が詰まったこの本を開こう。
『中国の星座の歴史 普及版』は、1987年に発刊された名著の復刻版で、天文学と中国歴史学を融合した研究書。著者は中学生の頃から野尻抱影氏や神田茂氏に師事し、大学で東洋史学を学んだ。都立高校に勤めながら五島プラネタリウム評議員等を歴任し、1996年に83歳で亡くなるまで天文学史に関する論文や書籍を執筆した。この本では、二十八宿の起源と変遷、先秦時代から辛亥革命後までの星座を紹介し、中国星座の特色と語義と分類を解説している。なかでも、中国と西洋の星座・星名を対比した「同定一覧表」は素晴らしい。西洋文化を考えるときに神話や星座が欠かせないように、中国の歴史や文化を理解するために当地の星座について知ることは重要だ。
一方『星の文化史事典 増補新版』は、中国や日本を含め、世界中の星にまつわる伝承を集めた事典。2012年に発刊され、2019年に項目を追加したものに、今回一部の内容を改訂し装丁を軽装化した新版。古今東西の人々が生み出した天にまつわる信仰・民俗・伝統・芸術がびっしり並んでいる。目に留まった項目を読むだけでも、発見の連続で楽しい。「言葉の海を渡る舟」が国語辞典ならば、天の星に埋もれた舟(星と暮らしをつなぐもの)がこの本かもしれない。
ここからは江戸時代の天文に関する本を2冊紹介しよう。『近世天文塾「先事館」と麻田剛立』は、近代天文学の先駆者である麻田剛立の活動を書簡史料からひもとく読み物。彼は日本で初めて反射望遠鏡を使い月面を観測し、クレーターにその名(アサダ)を残している。彼の信条は、それまで迷信的だった学問において何よりも実践を重視したこと(動物の生体解剖も行っている!)。天文学では、自作の機器で天体観測を続け暦の誤りを正した。先事館は彼が大阪に開いた私塾で、後に幕府天文方になる高橋至時など多くの門弟を輩出した。同書では、“実験科学者”となった麻田を育てた九州豊後地域(大分県杵築市)の教育風土についてもふれる。また、終盤に収録された「書簡の翻刻」も史料価値が高い。
『八王子に隕ちた星』も、古い文献を基に隕石落下の状況を分析していく調査書。八王子隕石は、1817(文化14)年の昼に現在の八王子市とその周辺地域に降った隕石雨。かなり大きな物体が分裂して広範囲に散らばったと考えられるが、長らく実物が見つからず人々の記憶からも薄れた(1952年の神田茂氏の論文に「京都の土御門家に極めて小さい八王子隕石の破片らしいもの」という記述があり、1967年に村山定男氏が分析し石質隕石に分類した)。地元の科学館に勤務する著者は、八王子隕石の普及に努め実物の調査を呼びかけてきた。それにより新たな古文書はいくつか見つかったが、実物の新発見には至っていないという。著者の調査でわかった八王子隕石の状況から、さらに新しい手がかりが見つかり、いつか実物と詳細が明らかになることを期待する。