秋になり日没時刻が早くなると、必然的に夜空を見上げる時刻も早くなる。通勤通学の帰路、あるいは夕飯の買い物途中、ふと「あの明るい星なんだろう」と思ったりする。天文ファンに限らず一般の人たちにとっても生活の中で月や星を身近に感じる季節だ。そんな秋の空をめぐる絵本が『秋の星はフォーマルハウトだけじゃない』。理科教育を専門とする「ほっしーえいじ」こと「まつもとえいじ」氏が『夏の大三角形のひみつ』(2020年)『冬の宇宙への旅』(2021年)に続いて発刊した科学絵本シリーズ。中秋の名月を眺めたウサギとリスがペガススに誘われて、能登半島でアンドロメダ銀河やペルセウス座の二重星団、ガーネットスターを見る。さらに、その場所で2035年9月2日朝に時間移動すると皆既日食が始まる。著者はこの絵本について「見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます」とメッセージをくれた。
さて、皆さんはもう『アンドロメダの涙』を読んだだろうか。本誌2023年10月号では著者の天川栄人氏が自ら、物語の内容や自身の天文同好会の思い出などを詳しく紹介してくれた。「これから読む」という人は、まずクガコー天文部シリーズの「春と夏」編である『セントエルモの光』から手に取ろう。前作で夏合宿の天の川に感動した主人公の高校生は、今作で文化祭のプラネタリウム制作に取り組む。『星ナビ』読者の中には学生時代に同様の経験をした人もいると思う。そんな人は懐かしさを感じつつ、イマドキの高校生らしさも加わった「思春期の学校生活と天文ライフ」にたっぷりひたろう。
「夜空と関わりの深い小説」といえば、『銀河鉄道の夜』をあげる人が多いだろう。宮沢賢治の童話や詩には、星が登場する作品がたくさんある。そんな“宮沢賢治と星”にまつわる世界を綴った渡部潤一氏のエッセイが『賢治と「星」を見る』。NHK『コズミックフロント』のサイトに連載された「星空紀行〜銀河鉄道の夜汽車に乗って〜」を加筆修正した単行本だ。賢治の人生や作品について解説した本はいくつかあり、とくに昨年刊行された『天文学者とめぐる宮沢賢治の宇宙』は、3人の天文学者(渡部氏・谷口義明氏・畑英利氏)が科学的に賢治作品の謎や信憑性について考察していて興味深かった。今回は、賢治の生い立ちから死までを天文の視点でたどりながら、作品の宇宙観にふれている。“不完全な幻想第四次”の星めぐりをする夜汽車の旅は、賢治ファン・天文ファン・そして渡部氏のファンの心に響く(本誌12月号p65「三鷹の森」でも紹介)。
同じく、渡部潤一氏のエッセイ本が『星空の散歩道』。三菱電機サイエンスサイト「DSPACE」に連載された人気コラムで、2005年12月から2020年2月まで掲載された。書籍は150回分から97本を選び、内容に沿って「星座の小径編」と「惑星の小径編」に分けられている。純粋な随筆というより優しく語りかける星空案内で、ガイドブックとしてかたわらに置きたい2冊。季節や見頃の天体に合わせてページをめくると、まるで著者の話を聴きながら星空を散歩しているように楽しめる。野尻抱影氏の『星三百六十五夜』や寺田寅彦氏の『茶碗の湯』と同じく、科学と文学が美しく融合すると日常が新鮮に映る。
『続・宇宙のカケラ』は東急電鉄沿線情報誌 「SALUS」に連載されたコラムをまとめた第2弾。理論物理学者によるエッセーで、哲学的な味わいが強い。それは、詩を愛し宗教への造詣が深く音楽を奏でる88歳の佐治晴夫氏の人生経験がにじみ出ているから。量子学的「無」から宇宙創成に関わる「ゆらぎ」を研究する著者にとって、般若心経の「無」も同じようにリアルなのだ。こちらに登場する宮沢賢治の言葉は『春と修羅』序から「わたくしといふ現象は[略](あらゆる透明な幽霊の複合体)」。宇宙が誕生したときの原子分子の集合体である人間は、著者もいう通り、まさに“存在”ではなく“現象”だ。
(紹介:原智子)