060(2009年9〜10月)
M31の新星 M31N 2009-10a
2009年9月29日夜は、昼間に降っていた雨が上がってからオフィスに出向いてきました。するとドイツのメイヤーから14時20分に1通のメイルが届いていました。そこには「(9月29日07時25分到着のIAUC 9077に公表された)スカッチが検出したカテリナ・LINEAR周期彗星(2004 EW38)について、その1回帰前の観測を見つけた」という連絡がありました。そのIAUC 9077には「スカッチは、ちょうど1年後に回帰するこの彗星を2009年9月21日に検出し、9月23日と28日にこれを確認した。検出当時、彗星は、恒星状で検出光度は21等級であった」と報告されていました。なお、検出位置の予報軌道(NK 1226(=HICQ 2009/2010))からのずれは、赤経方向に-71"、赤緯方向に-30"で、近日点通過時刻の補正値にして、ΔT=+0.096日でした。
メイヤーのメイルには「IAUC 9077に公表された連結軌道から、1997年にハレアカラで行われていた1夜の観測群中にこの彗星のイメージを見つけた。彗星はそのとき、明るく恒星状で18等級であった」と書かれていました。さっそく、氏から送られてきた1997年の観測と2003年、2010年の3回の回帰の観測から連結軌道を計算し、この天体の同定が正しいことを氏に伝えました。9月30日04時04分のことです。また、氏は、1989年のパロマーのプレート上の予報位置近くに別のイメージを見つけていますが、この天体は、連結軌道からのモーションと一致しないことを伝えました。メイルには『実は昨日、HICQ 2009/2010の原稿をダン(グリーン)に送ってしまった。その中にこの連結軌道を掲載できなかったことが残念だ……』とつけ加えておきました。なお、この彗星は227Pの彗星番号が与えられ、1997年の近日点通過はT=1997年1月30日でした。
さらにその夜のことです。9月30日23時44分に同氏からメイルが届きます。そこには「サイディングスプリングで1994年に撮影されたプレート上に215P/NEAT周期彗星の1回帰前のイメージを見つけた。天体は18等級、露出中に移動し少し拡散している」とのことです。NK 1747(=HICQ 2009/2010)にある連結軌道からのずれは、わずかに2"ほどでした。氏によると「さらに1977年8月8日に撮影されたプレート上にも、この彗星のイメージを見つけたが、淡くて測定できなかった」とのことです。その夜の10月1日02時19分になって、氏から送付されてきた1994年の観測と2002年、2010年の3回の回帰の観測から計算したこの彗星の連結軌道を氏に送っておきました。そこには『1977年のプレートの測定ができなかったことは残念だ』とつけ加えておきました。なお、メイヤーのこれらの同定は、9月30日と10月1日朝に発行したOAA/CSのEMESで仲間に知らせておきました。
それから3日後のできごとです。「中秋の名月」であった10月3/4日深夜、01時17分に山形の板垣公一氏から「10月3日23時51分にM31を撮影した捜索画像上に17等級の新星(PN)を発見しました。過去の画像には、この星は写っていません。30分間にその移動と光度変化はありません」という報告があります。この発見報告は02時05分にダンに連絡しました。02時17分には、上尾の門田健一氏から「今年の秋は、晴天日は少ないと思いますが、晴れ間を逃さず発見とはさすがです。また、ウェッブ上で直ちに発見画像を拝見することができるようになって便利になりました。こちらは、ときどき夜空を見ていますが、曇天で晴れそうにない気配です。月で空が照らされていることもわかりません。最近はずっと悪天候続きで困っています」という連絡が届きます。すると、板垣氏からは、門田氏宛に「先月晴れたのは4夜だけでした。今年の7月から9月までは特に天候が悪かったです。発見画像のウェッブ掲載は、まだまだ未完成です」という返信があります。その夜には、別件でメイルのやり取りをしていた神戸の豆田勝彦氏からも05時57分に「やはり日本一の捜索者は全然違いますね。満月でもしっかりと空の監視は怠らないのですね。今夜は満月の月明かりがある……なんてサボるようではいけないのですね。しかし、努力というのは素晴らしいものですね。きっちりと空も応えてくれているような気がします。分野もその意義も全く違いますが、私にも勇気を下さいます。オリオン群、しし群ともにしっかりと追跡していこうと、改めて気を入れなおします。M31の新星、これがSupernovaなら、もっとすごいプレゼントですね」というメイルが届いていました。
次の夜、10月4/5日にオフィスに出向くと、その日の16時37分に大崎の遊佐徹氏より「板垣さんより情報をいただき、M31に出現した新星らしき天体を米国ニューメキシコ州メイヒルの25-cm望遠鏡を遠隔操作して、10月4日14時04分に出現を確認しましたので報告します。光度は17.3等でした。20分間の観測では光度変化はありません。なお、1枚目を撮影してから、望遠鏡の位置を変えて3コマ目以降を撮影。もっと長い焦点距離で撮影したかったのですが、GRAS01ではフラット補正できずに断念しました。また、測光用フィルターの使えるGRAS04もオートフォーカスが効かず使用できませんでした」という報告が届いていました。板垣氏からは21時21分に遊佐氏に「こんばんは。今日、お電話をいただいたときは、天文仲間で野外での食事会をしていました。山形でいう芋煮会です。山形は、先ほどまで少し晴れていましたが、今は完全に曇ってしまいました。米国での遠隔操作観測、拝見しました。本当にありがとうございました。中野さん。よろしくお願いします」というメイルが届いていました。遊佐氏のこの確認観測は03時02分になって、ダンに送付しました。
その日(10月5日)の夕刻、19時41分には、九州の椛島冨士夫氏から「板垣さんが発見したPNを10月4日00時29分に40-cm反射で撮影した2枚の捜索画像上に確認しました。光度は17.1等でした。9月25日の画像上には写っていません」という報告が届きます。氏らの報告は10月6日03時21分にダンに送っておきました。すると、05時59分に板垣氏から「おはようございます。中野さん。拝見しました。ありがとうございます。実は、この星、西山・椛島さんの独立発見になるものでした。発見翌朝に別件で椛島さんから電話をいただいたときに、私がちらっと、口にしたために……、彼らの知るところになりました。反省しています……」という連絡が届きます。そして、その日の昼間、15時48分に板垣氏から「発見した新星は、M31N 2009-10aで登録された」という連絡が届きました。さらに18時07分には遊佐氏から「CBATのM31の新星のページ、拝見しました。おめでとうございます。そして、ありがとうございます。M31は、子どもの頃から何度も見ているおなじみの天体なのに、いざ撮影した領域とDSS(Digital Sky Survey)を照合しようとすると、中々うまく照合できずに焦りました。恥ずかしい話ですが、M31に出現する新星を観測したのは、実は初めての経験でした。加えて、遠隔操作の望遠鏡のフラット補正やピント調整に難儀し、自分の未熟さを痛感させられました。今後とも、よろしくお願いします。なお、本日、星ナビ(2009年11月号)が届きました。板垣さんの超新星捜索についての門田さんのレポート、すばらしいですね。家に持ち帰って、じっくりと読ませていただきます」というメイルが届いていました。さらに10月7日02時04分には、門田氏から「ご発見、おめでとうございます。迅速な報告と確認観測などご苦労さまでした。こちらは発見当夜は曇天、翌日は薄曇りで観測できませんでしたが、遊佐さんのリモート望遠鏡による観測で確認されてホッとしました。椛島さんもとらえていたとのことで、熱心に捜索されていますね。小さい星ですが、写っていない像を見つけると嬉しくなりますよね。星ナビの記事の件ですが、久しぶりに記事の執筆依頼を受けて、板垣さんの捜索人生を振り返るとともに、捜索者と観測者の気持ちのつながりを書いてみました。お読みいただけると幸いです」という返信がありました。
M31の明るい新星 M31N 2009-10bと超新星2009js in NGC 918
それから、4日後のできごとです。10月11日21時07分、携帯が鳴ります。表示を見ると板垣氏からです。『こんな時刻に電話とは……、また何か見つけたな』と思いました。氏は「今、どこですか」とたずねます。『はい、南淡路を走っています』「M31にちょっと増光している新星を見つけました」『それでは、オフィスに向かいます』と言って、電話を切りました。そのあと洲本に戻り、ちょっと寄り道をしてジャスコに行き、オフィスに出向いてきたのは21時50分のことでした。板垣氏からの報告は20時53分に届いていました。そこには「2009年10月11日18時55分、M31を撮影した捜索画像に17.8等の新星を発見しました。1時間後の19時56分には、この星は17.2等まで増光しています。19時間前の10月11日00時05分に撮影した捜索画像には、19等級より暗く、写っていません」という報告がありました。この報告を見た門田氏からは、21時12分に「またまたの発見ですね。天候は少し良くなってきたでしょうか。こちらは曇天です。先ほどまで、わずかな晴れ間から星がちらちら見えていましたが、今は全天が雲に覆われています」というメイルが届いていました。
板垣氏の報告を見ながら『1時間に0.6等の増光ということは、この星はもっと明るくなる可能性があるなぁ……』と思いながらダンへの報告を作成し、22時03分に送付しました。そして、22時09分に板垣氏に連絡を入れました。『発見報告を送りました。かなり急激に増光しているようですが……』と問いかけると、氏は「いや、急激ではないです」とのことでした。しかし、今夜の追跡観測をお願いしておきました。そして板垣・門田氏に22時37分に『いったん自宅に戻って、買い物を片付けてきます。増光しているようですので、万が一急増光したら、携帯にお知らせください。ちょっと、ひと眠りするかもしれませんので……』というメイルを送り、自宅に戻りました。案の定、しばらく眠って、オフィスに戻ってきたのは10月12日02時05分のことでした。
オフィスを離れていた約3時間半の間のできごとです。その間に遊佐氏から3通のメイルが届いていました。そこには「10月11日22時34分から58分にかけて、30-cmカセグレン望遠鏡を使用して撮影した11枚の画像上にこのPNの出現を確認しました。光度は17.0等でした」という氏の確認が報告されていました。遊佐氏のメイルのあとには01時44分に板垣氏から「NGC 918にPSNです」というサブジェクトをもったメイルがあります。そして、それを知った門田氏から、02時05分に「おぉっ、一晩に2つの新天体に巡り合うことができたようで、今夜は絶好調……ですね。こちらは、ずっと待機していますが、残念ながら曇天で、今も晴れ間はない状態です。遊佐さんの活躍で、M31の新星が確認されたとのことで、安心しました」という連絡があります。この門田氏のメイルが届いたちょうどそのとき、オフィスに戻ってきたことになります。
まず、遊佐氏の確認観測を処理して、それを02時20分にダンに送付しました。そして板垣氏の超新星発見を処理しようとした02時25分に、氏からの正式な報告が届きます。そこには「2009年10月12日01時26分に60-cm f/5.7反射望遠鏡+CCDを使用して、おひつじ座にあるNGC 918を撮影した捜索画像上に17.2等の超新星状天体(PSN)を発見しました。この超新星は、9月25日に同銀河を捜索したときには、まだ出現していませんでした。また、2007年8月24日に撮影した過去の捜索画像上、および、DSSには、その姿は見られませんでした。さらに、保有する過去の多くの捜索画像上にも出現していませんでした。なお、超新星は、銀河核から西に35"、南に20".5の位置に出現しています」という報告がありました。さらに板垣氏からは、02時37分にM31の新星について、その後の光度が「10月11日21時31分に17.0等、22時43分と12日02時28分に16.9等」であったという光度観測も届きます。まず、この超新星の発見報告をダンに送付しました。03時06分のことです。
そして、M31の新星については、しばらくの間、氏のその後の観測を待つことにしました。すると05時08分に「今夜の最後の観測です。PNは、10月12日02時47分に16.9等でした」という報告があります。そこで、これまで報告された氏の光度観測をまとめて、06時01分にダンに連絡しました。ダンは、M31に出現した新星について、その発見を07時32分に到着のCBET 1967で公表しました。CBET 1967によると、この新星は、板垣氏の発見約4時間後に九州の西山・椛島氏によっても独立発見されていました。
夜が明けた07時36分には、遊佐氏から「今、目を覚まして驚きました。一夜にマルチ新天体発見ですね。連休中で勤務シフトが薄く、時間がとれないかもしれませんが、メイヒルが晴れましたら、午後にリモート観測してみたいと思います」というメイルが届いていました。そして、遊佐氏から送られてきた16時55分のメイルには「メイヒルにある25-cm f/3.4反射望遠鏡を遠隔操作し、10月12日13時07分頃に撮影した6枚の画像上に、この超新星の出現を確認しました。超新星の光度は16.7等でした」という確認観測がありました。氏の確認を知った板垣氏からは、17時15分にそのお礼、夜になって22時10分には、門田氏より「確認できたとのことで、ホッとしました。リモート望遠鏡を使って大活躍ですね。こちらは、夕刻からスタンバイしましたが、曇天のため、今夜の観測は見送りになりそうです。夕方は雲間からチラチラと星が見えたのですが、その後は全天が雲に覆われて、先ほどルーフを閉じました」という連絡があります。どうも、関東の悪天候は続いているようでした。
しかし、山形は晴天のようです。22時18分には、板垣氏からM31の新星とNGC 918のPSNの確認観測が届きます。そこには「M31の新星は10月12日21時27分に16.4等、PSNは21時38分に17.2等でした」という報告がありました。遊佐氏の確認観測、板垣氏の光度観測は、10月13日02時49分にまとめてダンに報告しました。M31の新星は、まだ、増光しているようでした。約2時間後、ダンは、04時12分に到着のCBET 1969で板垣氏の超新星発見を公表しました。それによるとこの超新星は「米国のKAITサーベイが10月11日19時半頃に独立発見していた」ことが伝えられました。10月13日05時32分には「新天体発見情報No.148」を報道各社に送付し、板垣氏の超新星発見を伝えました。最近の発見情報では、M31に出現した新星の発見情報を送っていません。そこで、そこには『板垣氏は同じ夜、アンドロメダ大銀河の中に17.8等の新星を発見しました。この新星は発見後に増光し、次の夜(11月12日)には16.4等まで明るくなっています』ということを伝えておきました。
その発見情報を見た遊佐氏からは08時04分に「中野さん、新天体発見情報、CBETを拝見しました。ありがとうございました。宮城県の天文施設に働く私にとって、隣県の板垣さんの快挙はとても大きな誇りです。前回のSN2009imの時にもご了承いただきましたが、今回も地元の新聞社に「新天体発見情報」を提供させていただきます。今後とも、よろしくお願いします」。板垣氏からは08時50分に「おはようございます。皆さん、ありがとうございます。中野さん、このたびもほんとうにお世話になりました。お陰さまで2009jsとして公表になりました。また「新天体発見情報」を拝見しました。遊佐さん、遠隔操作での観測素晴らしいですね! 門田さん、最近、関東地方は晴天少ないようですね!」というメイルがありました。さらにオランダ在住の蓮尾隆一氏からも10月15日03時26分に「板垣さん。超新星とM31の新星の発見、おめでとうございます。しばらく発見の話を聞かないから、天気が悪いのかなぁ……と思っていました。凄いですね。次の週末から日本に出張ですから、星ナビでも買って読んでみます。こちらは今朝は2℃。もう冬です……」という近況が綴られたメイルもありました。
さて、M31に出現した新星(M31N 2009-10b)は、板垣氏は、10月13日23時54分に15.1等、14日23時05分と15日03時01分に15.0等、16日21時00分に14.6等と観測しています。これらの氏の観測は、CBET 1971、1973、1980に公表されています。このように、この新星は発見後14等級まで明るくなったようです。さらにその後の観測、スペクトル解析が報告されています。もう少し増光が急激ならば超新星となったのでしょうか。