1661年の池谷・張彗星、日本での観測記録を発見
【2002年5月7日 国立天文台・天文ニュース(548)】
今年2月に発見され、久しぶりに肉眼でも見られる明るい彗星となった池谷・張彗星(C/2002 C1)(天文ニュース523)は、その後の軌道の研究から、1661年に出現した彗星(C/1661 C1)の再来であることが確実となりました。しかし、当時の観測記録で見つかっていたのはヨーロッパのものだけで(天文ニュース528)、日本での記録は知られていませんでした。
ところが、民間の天文学研究者である渡辺美和(わたなべよしかず、日本流星研究会)は、過去に調査した近世の天文記録の中で、和歌山と岐阜に残る史料に、1661c1彗星と思われる記録を見いだしました。和歌山の「紀州石橋家日乗」(和歌山大学紀州経済文化研究所編、清文堂出版)には「万治四年自正月十日比当寅卯之方有星如左自寅剋至卯初剋李蹟別録云此星名虎尾星(後略)」とあり、「万治四年正月十日(1661年2月9日)ころから、寅卯(東北東)の方角に左に示すような星が寅の刻(1月なら午前4時頃)から卯の刻(同6時頃)のはじめにかけて見られた。李蹟別録にいうところの虎尾星という名である。(後略)」と解釈されます。虎尾とは、恐らく彗星の尾の様子から名付けられたものでしょう。この記録には、簡略的に彗星の位置を示す図も含まれている上、出現時期や方向がヨーロッパの記録とほとんど一致しており、1661c1彗星と見なして間違いないでしょう。また、岐阜の記録「年代記録」(白鳥町教育委員会編、「白鳥町史史料編」、岐阜県郡上郡白鳥町発行)では、見られた時期についての記述からは、1661c1彗星と見なすにはやや難点がありますが、この記録が連日のものではないことを考慮すると、時期については記録者の思違いである可能性も考えられます。両記録の内容からは記録者が実際にこの彗星を観察したかどうかは分かりにくいのですが、いずれの記録でも、この年に見られた彗星を「虎尾」と呼んでいることから、この彗星が広く人々の噂となっていたのかもしれません。
渡部潤一(わたなべじゅんいち)国立天文台助教授は「1661年にも明るい彗星だったので、日本でも観察記録はどこかに残っていると思っていた。今回、日本のアマチュア天文家によって彗星そのものが発見され、なおかつ同じアマチュア研究者によって観測記録が発掘されたことは、日本のアマチュア天文家のレベルの高さを示すものとして感慨深い」と述べています。
この彗星は次第に遠ざかりながら、まだ双眼鏡で観測できる6等台の明るさを保ちつつ、多くの天文ファンの目を楽しませてくれています。