すばる望遠鏡、原始星を覆う雲の姿をシルエットで捉える
【2005年4月21日 国立天文台 アストロ・トピックス(98)】
東京大学、国立天文台などの研究者からなる研究グループ(注)は、すばる望遠鏡などを用いた観測により、いて座にある星雲内に生まれつつある星を観測し、星を覆う雲(エンベロープ)の姿を、シルエットとして鮮明にとらえ、その構造を明らかにすることに成功しました。
一般に太陽のような恒星は、星間空間のガスや塵が集まる星雲で生まれます。恒星が生まれるときには、まず星雲内でガスや塵が重力で大きな塊をつくります。その塊の中心部で原始星が生まれ、そのまわりには回転の効果によって原始星に落ち込んでいく物質が円盤をつくり、さらにそのまわりに大きな雲(エンベロープ)が覆っています。誕生後100万年程度経過すると、エンベロープはほとんどなくなり、円盤だけが残されます。この円盤は原始惑星系円盤と呼ばれ、やがてその中で惑星が誕生すると考えられています。
ところで、この原始惑星系円盤は、エンベロープを形作る物質が降り注いで形成されると考えられています。そのため、エンベロープを持つ原始星は円盤や惑星の成り立ちを考える上で欠かせない研究対象です。しかし、これまでは、このエンベロープの構造を詳細に調べることは困難でした。というのも、エンベロープがあるような原始星は誕生後10万年前後と若いため、星雲内部に深く埋もれていることが多かったり、中心の原始星の光が濃い物質に邪魔されてエンベロープ全体にまで届かず、光らせることができないからです。
東京大学の酒向重行(さこうしげゆき)研究員らの研究グループは、明るく広がる星雲の手前に原始星が位置する場合には、星雲からの光が星をとりまく星間雲やエンベロープを透過するため、まるでレントゲン写真のようにエンベロープの構造を背景光のシルエットを使って調べられるのではないかと考えました。さらに光よりも透過力の強い赤外線を使うことで、より詳細な観測ができると考え、すばる望遠鏡に取り付けた近赤外線撮像分光装置(IRCS)と波面補償光学装置(AO)を用いて,いて座にある散光星雲M17領域を捜索してみました。すると、直径1万2000天文単位(2兆キロメートル、われわれの太陽系の約150倍の大きさ)に広がった巨大な蝶型のシルエット天体が見つかったのです。さらに、すばる望遠鏡の中間赤外線撮像分光装置(COMICS)および野辺山宇宙電波観測所のミリ波干渉計を用いて観測を行い、この星が太陽の2.5から8倍の質量を持つ原始星であること、蝶型のシルエットはエンベロープを赤道面から見た姿であることが明らかになりました。エンベロープの赤道面は外に向かって厚みを増すトーラス状に広がっており、中心の星の近傍には極方向に開いた円錐状の薄いシェルが存在していました。このように、いくつもの要素からなる多重で複雑な構造を持つエンベロープの姿を明らかにしたのは世界で初めてであり、エンベロープから円盤へ物質が流入する過程を解明する大きな手がかりになると期待されます。
この成果は2005年4月21日付け英国科学雑誌Natureに掲載されています。
注: 東京大学、国立天文台、宇宙航空研究開発機構、茨城大学、中国科学院紫金山天文台、千葉大学の研究者によるチームです。