火星の砂嵐は死をもたらす

【2006年8月9日 UC Berkeley News

荒涼とした火星の全土に吹き渡る、猛烈な砂嵐。この砂嵐自体が、火星を死の惑星に変えてしまったのかもしれない。砂嵐の中で雷が発生し、生命にとって脅威となる有毒物質を地上に降らせるメカニズムを、アメリカの研究グループが示した。


(火星に吹く砂嵐の内部で雷が発生している様子のイメージ図)

火星に吹く砂嵐の内部で雷が発生している様子のイメージ図。クリックで拡大(提供:NASA)

1976年、火星探査機バイキング1号と2号が相次いで火星に着陸し、重要な任務を行った。火星表面の土壌を採取し、生命の痕跡を探そうとしたのだ。4つの実験が行われたが、そのうち1つが、土に養分と水を加えて微生物が生成するガスを検出しようとするものだった。最終的には、「生命も有機物も存在する証拠がない」とされたのだが、1つだけ引っかかる点があった。ほんのわずかながら、ガスが発生していたのである。

もちろん、これを指して生命の証拠だと主張する者はいない。水を加えて気体を生ずる化学物質などいくらでもある。ただ、問題はその化学物質がどこから来たか、だ。アメリカの大学やNASAなどの研究者からなる研究チームが、2つの論文の中でこの問題について仮説を示した。

火星の気候で特徴的なのが、全土に及ぶ大規模な砂嵐だ。論文の1つは、砂嵐の中で静電気が発生し、酸化力の強い物質が生成されうるとするもの。もう1つの論文は、生成された物質がやがて雪となり、土壌に蓄積するだろうと主張している。砂嵐が生み出す物質の代表格が、過酸化水素。過酸化水素といえば殺菌に用いられるほど毒性が強く、一定以上の濃度になれば、われわれが知っている限りのあらゆる生命は死滅してしまう。そして過酸化水素は不安定であり、すぐに他の物質と反応し、場合によって気体を生成する。つまり、実験を通してバイキングが証明したのは、生命ではなく死神の存在だったことになる。

研究グループは、室内の実験や理論的なモデルの検討とともに、実際に地球上で発生する砂嵐も調べた。もっとも関心が持たれたのは、砂粒どうしがこすれあうことで発生する静電気のようすである。基本的には日常生活で服などをこすることで静電気が発生するのと同じ原理だが、地球の砂嵐の中ではかなり強い電場が形成され、雷が発生したり電荷が空気中の分子に影響を与えたりしていた。例えば、水蒸気が反応すると水素や水酸化物イオン、二酸化炭素が反応すると一酸化炭素などが生成される。これらの物質が再反応することで作られる物質の1つが、過酸化水素だという。

今のところ火星では雷などが観測されたことはない。しかし、将来表面に降り立つ探査機に大気中の電場を測定するセンサーを積めば、さらなる検証ができるだろうとグループはしている。

火星探査

1975年に打ち上げられたアメリカの「バイキング1号」は、火星表面で生物反応の実験を行ったが、生命が存在する証拠は得られなかった。しかしその後も、火星から飛んできた隕石に生命の痕跡のようなものが発見されたり、水が流れていたことを示す地形が次々と見つかったりするにつれて、火星生命への期待が高まっている。アメリカは今後、サンプルリターンや有人探査を計画している。(スペースガイド宇宙年鑑2006より)