「宇宙を測る物差し」の長さに異論 − M33銀河は予想以上に遠いかもしれない
【2006年8月11日 OSU Research News】
われわれに近い銀河の1つ、さんかく座のM33までの距離が従来の計算値よりも15%遠いことを、新しい測定方法を使った研究グループが発表した。近くの銀河までの距離は、遠くの銀河までの距離を知るための物差しにもなるので、これは1つの銀河にとどまらずわれわれの天文学的な「距離感」にかかわる問題だ。
遠くの天体までの距離を計算する過程は、よく「宇宙のはしごを登る」とたとえられる。遠い天体までの距離は直接測定できないので、近くの天体までの距離を測定した後に、2つの天体の間にある関係から遠い方の距離を割り出すのだ。言い方を変えれば、小さな物差しで大きな物差しの長さを測り、その物差しでさらに大きな物差しの長さを測る、の繰り返しである。
さて、そんな過程の中で重要な物差しとなるのが、近くにある銀河までの距離だ。遠くの銀河は距離に比例する速度で遠ざかって見えるので、ハッブル定数と呼ばれる比例定数さえ正確にわかれば、あらゆる銀河、さらには宇宙の大きさをも知ることができる。ハッブル定数を求めるには、天の川銀河付近の銀河を丹念に調べるしかない。逆に言えば、近くにある銀河こそ、宇宙全体の大きさを直接測ることができる究極の物差しなのだ。
しかし、この物差し自体の長さを測るのも簡単ではない。測定のステップを重ねれば重ねるほど誤差が蓄積してしまう。カナダの研究者を中心とした欧米の科学者のグループは、近くの銀河までの距離を直接測定する手段を模索した。そうしてたどりついたのが、「分離食連星」の観測だった。
分離食連星とは、お互いの周りをガスを吸い取られてしまわない程度の距離を保って回り、なおかつわれわれから見て一方の星がもう片方を隠してしまう「食」が起きるようなを2つの星を指す。2つの星の質量などといったパラメーターを精度良く求められるのがポイントだ。真の明るさを推定できるだけの情報が得られるので、真の明るさと見かけの明るさから距離を割り出すことが可能になる。
シンプルだが、簡単なことではない。分離食連星の存在は比較的珍しいからだ。グループはM33銀河の中に観測に適した分離食連星を見つけることができたが、そこからさらに時間がかかった。精度の高い結果を得るため、ケック天文台の10メートル望遠鏡を含む、あらゆる望遠鏡を導入して観測を重ねたからである。研究を開始してから論文が提出されるまで、実に10年を要することになった。
さて、得られたM33までの距離はおよそ300万光年なのだが、これは驚くべき結果である。従来のハッブル定数に基づいて計算すると、260万光年だとされていたからだ。今回の測定方法の誤差は6%程度で、他の方法に比べてかなり良い精度だ、と研究グループはしている。もちろん、他の観測結果の「誤差の範囲内」にはない。
今回の結果を検証し、物差しの精度を上げるには、さらに分離食連星を探して測定を行うしかない。しかし、今回と同じプロセスを経て数値を求めるにはさらに2年以上かかるという。また、星から届く光は途中の星間物質などによる吸収を受けているので、この影響をどう見積もるかによって結果も変わってしまう。とはいえ、宇宙最大の物差しを手にすることはひじょうに困難であり、今知っている数字が将来変わってもおかしくないことを、改めて感じさせる研究だと言えよう。
M33
アンドロメダ座の隣に位置するさんかく座にある、満月の倍ほどもある大きな銀河。写真では大きく広がった腕が見事に写る。M31の円盤部がかなり傾いていて、渦巻きを実感するにはやや不向きなのに対し、こちらはほぼフェイスオン(円盤部が垂直に私たちを向いた状態)なので、渦巻構造がよくわかり、迫力がある。実視等級 6.3等、視直径 62×39分角。(「最新デジタル宇宙大百科」より)