2万3000個のクエーサーを検証 暗黒エネルギーの正体に迫った
【2007年9月27日 SLAC / 理化学研究所】
宇宙膨張を加速させている仮想の存在「暗黒エネルギー」の存在を確かめる、過去最大規模の検証が行われた。その結果、宇宙の全質量・エネルギーの70%が暗黒エネルギーであること、その性質はアインシュタインが提唱し「生涯最大の失敗」として撤回した「宇宙項」で表せることがわかった。
この研究成果は、日本天文学会2007年秋季年会を代表する研究として発表されている。
1910年代にアインシュタインが提唱した一般相対性理論は、物質の重力が時間や空間におよぼす影響を説明した。そこから得られる結論の中には、質量とエネルギーが同一であるというものがある。つまり、質量はエネルギーに変換できるし、エネルギーの量を質量として表すこともできる。また、一般相対性理論は「重力レンズ」を予言した。これは、観測者の視線上に大きな質量が存在すると、その重力がレンズのように作用し、奥からやってくる光を曲げてしまう現象だ。
しかし、提唱の中にはアインシュタインが「生涯最大の失敗」と悔やんで撤回したものがある。発表当時は宇宙のサイズは不変だと信じられていたので、彼はそれを実現するために「宇宙項(または宇宙定数)」と呼ばれるパラメータを方程式に加えたのだ。ところが、1929年に宇宙が膨張していることが銀河の観測から明らかにされ、宇宙項はしばらく忘れ去られた。
80年近くたった現在、宇宙論はさらなる進展を見せている。宇宙は単調にではなく、加速的に膨張していることがわかってきたのだ。加速膨張を説明するために、重力とは逆に斥力を働かせる「暗黒エネルギー」という仮想の存在が提唱されている。すべての暗黒エネルギーを質量に換算すると、われわれが観測できる物質をはるかに上回るはずだが、その正体はまったくの謎だ。
注目されるのは、暗黒エネルギーがあの「宇宙項」と性質がよく似ていることだ。アインシュタインのアイデアは、あらゆる場所で、空間自体が一定の反発力を持っているというものだった。一方で、暗黒エネルギーの正体は「クインテセンス」と呼ばれる、「斥力を働かせる物質」のようなものではないかとする仮説も存在し、「宇宙項=暗黒エネルギー」というわけではない。
暗黒エネルギーの存在を確かめ、その性質を探るために、米・スタンフォード大学の大栗真宗氏と理化学研究所の稲田直久氏を中心とした国際的な研究チームは大規模な観測検証を行った。観測したのは、先ほども登場した「重力レンズ現象」だ。はるか遠方でよく見つかる天体として、「クエーサー」と呼ばれる(距離の割に)ひじょうに明るいものが存在するが、われわれとの間に銀河が存在すると、クエーサーの光は重力レンズで曲げられ、あたかも同じクエーサーが複数存在するかのように見える。
さて、光学的には同じように見えるクエーサーも、もし暗黒エネルギーが存在すれば(つまり宇宙膨張が加速していれば)実質的な距離はその分遠くなるはずだ。とすれば、ちょうどわれわれとの間に銀河が存在する割合も多くなるはずである。つまり、すべてのクエーサーの中で重力レンズが働いているものの割合を調べれば、暗黒エネルギーがどれだけ存在するかがわかるし、その性質につながる情報も得られる。
研究チームは全天の銀河分布図作成を目指す「スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)」で見つかったクエーサーのうち、約2万3000個を調べた。これは重力レンズクエーサー探しとしては過去最大規模。選ばれた候補をすばる望遠鏡などで詳しく観測し、計11個のクエーサーが、手前の銀河による重力レンズ効果を受けていることを突きとめた。仮に暗黒エネルギーが存在しなかったとしたら、見つかる重力レンズクエーサーはせいぜい1、2個と予測されるという。こうして、暗黒エネルギーの存在を示す独自の証拠が得られた。
さらに、研究チームは今回の結果をもとにして、宇宙全体の質量の7割が暗黒エネルギーであると結論づけた。また、その性質は「クインテセンス」ではなく「宇宙項」とよく一致することを示した。
今回の研究に使われたSDSSは、現在も継続中のプロジェクトである。研究チームは、今後さらに多くのクエーサーを対象に重力レンズを探すことで、さらに精度の高い情報を得たいとしている。