「パンドラ銀河団」の大衝突現場を探る
【2011年6月28日 ESA/Hubble/チャンドラX線天文衛星】
少なくとも4つの銀河団が玉突き衝突を起こしたとみられる銀河団「Abell 2744」の詳細な観測研究結果が発表された。銀河団同士の複雑な衝突によって多くの珍しい現象が見られ、宇宙での物質同士の影響を理解するための重要なヒントを与えてくれそうだ。
星が集まって銀河を形成し、銀河が集まって銀河団となる。その銀河団が玉突き衝突を起こして作られた、さらに巨大な銀河団を観測した研究成果が発表された。
Julien Merten氏らの国際研究チームは、ハッブル宇宙望遠鏡、ヨーロッパ南天天文台のVLT、すばる望遠鏡、チャンドラX線天文衛星を駆使し、ちょうこくしつ座の方向約35億光年先にある銀河団「Abell 2744」をこれまでになく詳細に観測した。
「事故原因を調査する時と同じように、衝突現場を観測してそこから何が起こったのかを探るのです。そうすることで、宇宙のさまざまな天体構造がどのようにして出来るのか、あるいは異なる物質がぶつかり合うとどのような相互作用が起こるのか、といったことがわかってきます」(Merten氏)
人間の目で見えるのと同じ可視光でとらえた物質は、実はこの銀河団領域に存在する質量の5%分でしかない。残りのうち20%はX線で光る高温のガス、75%は観測不可能な暗黒物質である。銀河団で起こった衝突の様子を細かく探るため、この3種類の物質の分布が調べられた。
暗黒物質は電磁波でとらえることはできないが、その重力によって向こう側の銀河の像がゆがむ「重力レンズ効果」を検出すれば、その存在分布を知ることができる。
X線については、チャンドラX線天文衛星が観測する。単に高温ガスの分布がわかるというだけではなく、銀河団中の銀河が動くスピードや方向も割り出すことができる。
こうして調査されたAbell 2744は、少なくとも4つの銀河団が3億5000万年の間に次々と玉突き衝突を起こした結果できた天体であるようだ。可視光で光る物質、高温ガス、暗黒物質という3タイプの物質が無秩序に分布している様は珍しく、天文学者にとっては格好の観測対象といえるだろう。
「銀河団の複雑な衝突過程によって、これまで観測されたことのないような、実に様々な現象が引き起こされました。それで私達はこの天体を『パンドラ銀河団』と名付けたんです」(注)
研究チームのRenato Dupke氏が語る通り、パンドラ銀河団では衝突の衝撃により暗黒物質と高温ガスが分離して、未知の現象、あるいは通常は個別にしか見られないような現象が多発的に観測されている(画像1枚目)。
銀河団は最大規模の天体であり、その中には何兆個もの恒星が存在する。銀河団がお互いの衝突を経てどのように形成され、巨大化していくかを探ることは、全宇宙を理解するうえで大きな鍵を握る。パンドラ銀河団は、今後さらに探るべき謎を解き放つ「秘密の宝箱」といえるだろう。
注:「パンドラ」 ギリシア神話に登場する「パンドラの箱」の逸話に基づく。箱を開けるとあらゆる種類の厄災がこの世に飛び出したとされる。