イトカワで発達した金属鉄のひげ状結晶

探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワから持ち帰った微粒子の表面に、地球外物質では全く知られていない、ひげ状に伸びた金属鉄の結晶が発見された。太陽風が結晶の形成に大きな役割を果たした可能性が示されている。

【2020年3月17日 九州大学

小天体表面の物質は、太陽から吹き出した荷電粒子(太陽風)の照射や微小天体の衝突によって時間変化する。この現象は「宇宙風化」と呼ばれている。たとえば、小惑星表面は隕石に比べて硫黄に乏しいという観測結果は、鉄と硫黄の化合物である硫化鉄の宇宙風化に起因すると考えられている。硫化鉄は小惑星や彗星の物質に豊富に含まれている物質だが、宇宙風化による変化についてはよくわかっていなかった。

九州大学の松本徹さんたちの研究グループは、探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」から持ち帰った硫化鉄を含む微粒子や、微粒子から薄い切片を切り出した断面を電子顕微鏡で観察した。

その結果、地球外物質では全く知られていない金属鉄の結晶である、数百nmから3μm程度の「ひげ状結晶」が硫化鉄表面に広く分布していることが明らかになった。

イトカワ微粒子の硫化鉄表面に見られるひげ状結晶
イトカワ微粒子の硫化鉄表面の走査型電子顕微鏡画像。(a~c)様々な倍率で撮影した金属鉄のひげ状結晶。束になって成長するため、縦に筋が見える。(d)真上から見た硫化鉄表面。矢印の先がひげ状結晶を示す(提供:プレスリリースより、以下同)

イトカワ微粒子とひげ状結晶
イトカワ微粒子とひげ状結晶(見やすさのため着色したもの)。(左)分析した微粒子の一つ。硫化鉄(紫色)とケイ酸塩(緑色)で構成されている。(中央)硫化鉄(紫色)表面に金属鉄のひげ状結晶(青色)が分布する様子。(右)ひげ状結晶の拡大図

また、硫化鉄の表面の一部では硫黄の量が少なく、太陽風の水素やヘリウムで満たされていたと思われる泡も見つかった。

これらの結果から松本さんたちは、太陽風の照射による硫黄原子の弾き出しや、太陽風水素と硫化鉄の間の化学反応による硫化水素ガスの発生が起こり、硫黄原子がより多く失われて鉄原子が過剰になった結果、金属鉄が成長しひげ状結晶が広く分布するようになったと推定している。太陽風の照射による硫黄の消失率を見積もったところ、小惑星表面で観測されていた硫黄の減少量を説明できることも確かめられた。

今回の研究成果は、小惑星表面における硫黄の消失について物質科学的な証拠を初めて示したものだ。小天体の形成史や、小天体の集積や衝突を通じて初期地球にどのくらいの量の硫黄が運ばれてきたかを理解し、生命が誕生した環境を推定する上で重要な結果である。

また、荷電粒子が鉱物に及ぼす変化を調べることは、惑星系に物質を供給する星間空間における化学進化の理解にもつながる。超新星爆発の衝撃波で加速された荷電粒子が硫化鉄の塵を分解することで金属鉄が生まれ、硫黄は気体になると予想されているが、今回の研究結果はその仮説を強く支持するものだ。金属鉄は分子雲における化学反応の触媒になりえ、硫黄の気体は有機物や氷などに取り込まれて太陽系の材料物質になると考えられていることから、荷電粒子の照射は星間空間の化学進化に大きな影響を与えると予想される。

今年末ごろに探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」から地球へ持ち帰るサンプルにも硫化鉄が含まれているとみられている。今回発見された金属鉄のひげ状結晶などの特徴は、サンプル分析からリュウグウ表面の歴史を知る上での重要な手がかりともなるだろう。

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