ガス惑星の誕生は時間との勝負? すばる、原始惑星系円盤の消滅に迫る
【2006年10月24日 すばる望遠鏡】
近年、「生まれたての星を取り巻く原始惑星系円盤の撮像に成功」というニュースが相次いでいるが、そのほとんどは円盤中のちりをとらえたものである。しかし、ちりが円盤に占める割合はごくわずかで、主成分はガスである。すばる望遠鏡は、ガスの輝きを高解像度でとらえることに成功し、円盤の内側が消失していることを確認した。この観測は、木星のようなガス惑星が材料を集めきるまでの時間と、その材料となる円盤が消滅するまでの時間が近いことも示唆している。
一般的な表現を使えば、恒星は「ガスやちりの」星間物質が重力で収縮することで誕生する。星間物質が最初に持っていた回転運動は急には止められないので、誕生した星を取り巻く「ガスやちりの」円盤が形成される。円盤は徐々に中心星へと落下するだけでなく、恒星を取り巻く惑星の材料にもなるので原始惑星系円盤とも呼ばれる。やがて、原始惑星系円盤は消滅し、恒星と惑星だけが残る。
現在、この「ガスやちりの」原始惑星系円盤を撮像する技術が急速に進歩していて、観測成功例が相次いでいる。しかし、その大部分は円盤の「全体像」を二重の意味でとらえ切れてない。ほとんどのケースでは、原始惑星系円盤にごくわずかしか含まれない「ちり」の方しか観測していない上に、中心星付近はまぶしくて撮影できないからだ。原始惑星系円盤が重要視されるのは、そこから太陽系のような惑星が誕生するからに他ならないが、その現場となっているはずの中心星に近い領域が、なかなか見えないのである。
ドイツ・マックスプランク研究所の後藤美和研究員と国立天文台ハワイ観測所の臼田知史助教授らの研究チームは、原始惑星系円盤の大部分を占める「ガス」からの光を、中心星に近い部分の構造まで分かるほどの解像度でとらえることに成功した。研究チームが利用したのは、星形成領域に豊富に存在する一酸化炭素(CO)が放射する特有の近赤外線(CO輝線)である。中心星のすぐ近くの原始惑星系円盤がCO輝線で輝くことはすでに知られていたが、研究チームはすばる望遠鏡の分解能と大気の揺らぎを相殺する波面補償光学を生かし、円盤の実像をこれまでにないほど正確に描き出した。
研究チームが観測したのは352光年の距離にある若い(500万歳)星、HD 141569Aだ。CO輝線が描き出した円盤の外縁は50天文単位(1天文単位は太陽から地球までの距離)で、太陽系で言えばちょうど冥王星の軌道が収まる大きさとなる。内側にいくほどガスの量は多くなり、15天文単位でピークとなる。しかし、そこからはガスが少なくなり、11天文単位よりも内側はほぼ空洞状態。ガスで見た円盤はCDのような姿であった。
土星の軌道をも飲み込む、11天文単位という大きさの穴は、中心星の磁場の影響(0.01天文単位まで)や中心星によりちり成分が蒸発してしまう効果(0.1天文単位まで)では説明できない。考えられるのは、中心星からの強力な光がガスをはじき飛ばしてしまう「光蒸発」というプロセスだ。星からの光がガスを外へ押し出す一方、重力が内側へ引き込もうとする。光蒸発が一番強く働くのは両者がつり合う位置(重力半径)で、HD 141569Aの場合は中心から18天文単位の距離と推定される。光蒸発は内側から徐々に働くのではなく、いきなり重力半径内のガスを飛ばしてしまうと予想されていた。HD 141569Aを中心とした円盤の穴は半径11天文単位で、18天文単位という理論値にかなり近い。
恒星と惑星の形成は、原始惑星系円盤の消滅を持って一段落する。そのメカニズムとしては、惑星に吸収される、付近の大質量星からの強烈な光で飛ばされる、などといった説も存在したが、HD 141569Aの観測は光蒸発が主要な原因であることを示している。
さらに、光蒸発で円盤が消滅するまでの時間スケールも重要な問題だ。木星のような巨大惑星は、100万から1000万年という長い時間をかけてじっくりとガスを取り込み成長したと考えられていた。しかし、HD 141569Aでは誕生500万年にして木星や土星の軌道に相当する位置のガスが飛ばされてしまっている。実際には、ガス惑星の形成は円盤の消滅との競争と言えそうだ。さらに、この事実は太陽系以外の惑星系が多様性に富んでいることの説明にもなるだろう、と研究チームは指摘している。