予想よりも遅かった、銀河系中心のブラックホールの自転速度
【2010年3月10日 JAXA】
日本の研究グループが、銀河系の中心にある巨大ブラックホール「いて座A*」のスピンの値を求めることに世界で初めて成功した。スピンの値から求められたブラックホールの自転速度は光速の22パーセントと予想よりかなり小さく、自転エネルギーはジェットの源となっていると考えられている。
銀河系(天の川銀河)の中心には「いて座A*(いて座エースター、Sgr A*)」と呼ばれる強い電波源がある。そこには、太陽の400万倍もの質量を持つ巨大なブラックホールが存在すると考えられている。
いて座A*のように銀河の中心核に存在していて質量が太陽の数百万から数十億倍もあるブラックホールは、「大質量ブラックホール」と呼ばれている。質量が太陽の数倍程度のものは「恒星質量ブラックホール」と呼ばれ、大質量の恒星が進化の最期に起こす超新星爆発で形成されることがわかっているが、大質量ブラックホールについては、どのようにして生まれるのかはわかっていない。
ブラックホールの性質は、質量、スピン、電荷という3つの物理量で表される。そのうち、質量は周囲にある星やガスの運動から得ることができる。スピン(単位質量当たりの角運動量)は、ブラックホール誕生の謎を解明するための手がかりになるのだが、ブラックホールの見かけの大きさが小さすぎるため、その有無さえも区別がしにくい。それでも、研究者は知恵をしぼり、ブラックホールの近くから放射される光の性質を使ってスピンを求めてきた。不確定要素が多いものの、その結果から巨大ブラックホールのスピンは大きな値を持つと考えられてきた。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部の加藤成晃(かとうよしあき)研究員を中心とする研究グループは、新たなスピンの測定方法を考案した。それは、ブラックホールの周りを公転するガスが、ブラックホールの運動の影響を受けて、周回軌道からわずかにブレることを利用した方法である。
その測定方法をいて座A*に当てはめた結果、スピンの値は予想に反してかなり小さく、自転速度に換算すると光速の22パーセントであった。しかも、恒星質量ブラックホールで測られていたものと大差がなかった。
なぜ巨大ブラックホールのスピンが質量の小さなブラックホールに比べて大きくならないのだろうか。これは、巨大ブラックホールの自転エネルギーが抜き取られて、回転軸の方向へ噴出するジェットのエネルギー源として利用されているからだという。研究チームでは、ブラックホールが「獲得する自転エネルギー」と「損失する自転エネルギー」が釣り合う時のスピンを計算し、今回の観測結果と一致することを確認している。
ブラックホールからエネルギーを得て光速に近い速度で噴出するジェットは、銀河の星形成活動だけでなく、他の銀河の形成活動にも影響を与える。今後、他の巨大ブラックホールのスピンが測定されることで、巨大ブラックホールの成長や宇宙そのものの進化を知るための重要な手がかりが得られると期待されている。