月と水星の浅いクレーターには厚い氷があるかもしれない

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月と水星のクレーターの観測データを新たに解析した結果、この2つの天体の極域に大量の氷が存在する可能性が示された。

【2019年8月13日 NASA

月と水星の極域は、太陽系の中で最も温度が低い場所の一つだ。月の自転軸の傾きは5.1度、水星は7度で、地球(23.4度)よりもずっと小さい。このため、月や水星の極域では太陽は高く上ることがなく、クレーターの内部には太陽光が全く当たらない「永久影」もある。永久影は極めて低温のため、何らかの原因でここに溜まった水の氷は数十億年にわたって残ると考えられている。

月の永久影
月の南極域のイラスト。太陽光が当たらないクレーターの永久影に水の氷(青色)が大量に堆積しているかもしれない(提供:UCLA/NASA)

水星の場合、地球からのレーダー観測によって、厚くてほぼ純粋な水の氷の特徴を示す信号がとらえられている。また、NASAの水星探査機「メッセンジャー」でもこうした氷の堆積物の証拠が得られている(参照:「水星に予想以上の氷が存在」)。

月の極地方も、熱環境は水星の極域とよく似ている。しかし月では、まばらで薄い氷堆積物しか見つかっていない(参照:「月の両極の表面に水の氷の存在を示す決定的証拠」)。

「『メッセンジャー』の観測で、水星の両極域には水の氷を主成分とする堆積物が広い範囲に分布していることが明らかになりました。水星の氷は月の氷のようにまばらな分布ではなく、年代も月より新しくて、過去数千万年以内に溜まったもののようです」(メッセンジャー搭載カメラ「MDIS」担当科学者 Nancy Chabotさん)。

こうした月と水星の氷の違いについて、米・カリフォルニア大学ロサンゼルス校のLior Rubanenkoさんたちの研究チームは、両方の天体にある衝突クレーターに着目して比較分析を行った。

大気を持たない月と水星の表面にはたくさんの衝突クレーターが残されている。研究チームでは、直径が小さい「単純クレーター(simple crater)」と呼ばれるタイプのクレーターを分析した。単純クレーターはエネルギーの小さな衝突でできたもので、天体の表面に積もっている塵(レゴリス)の層の強度によって形が保たれている。大きなクレーターのような中央丘や台地を持たず、円に近い対称な形をしていて、断面も単純なお椀型なのが特徴だ。

RubanenkoさんたちはNASAの月探査機「ルナー・リコナサンス・オービター(LRO)」とメッセンジャーで得られている高度データを使い、水星のクレーター約2000個、月のクレーター約12000個について、深さと直径の比率を求めた。調べたクレーターの直径は2.5kmから15kmまでの範囲にわたっている。その結果、水星の北極域や月の南極域の単純クレーターは、他の領域のものに比べて深さが最大で10%ほど浅いことがわかった。ただし、月の北極域ではこうした傾向はみられなかった。

「過去に水の氷が検出されている月の南極域に、浅いクレーターが多く存在する傾向があることを発見しました。これらのクレーターの地下に、未発見の厚い氷の堆積物が埋まっている可能性が高いことを示唆しています」(Rubanenkoさん)。

また、クレーターの斜面の角度を比べると、極側に面している斜面の方が赤道側に面している斜面よりもわずかに傾きが小さいこともわかった。極に対面する斜面の方がより太陽光が当たりにくいため、氷堆積物が残って傾きが緩くなっていると考えることができ、これもRubanenkoさんたちの仮説を裏付ける結果だ。

ほぼ純粋な氷が見つかっている水星と違い、月で検出されている氷はレゴリスと混ざった地層を作っていると考えられている。今回研究チームが調べた単純クレーターの年代から考えると、クレーターの内部に水の氷が溜まった後、氷の上に降り積もったレゴリスが長い時間をかけて氷と混ざったことが示唆される。また、「浅いクレーター」の分布は、過去に月や水星の表面で氷が見つかっている場所と相関があることもわかった。これまでの探査で検出された月・水星表面の氷は、地下の氷が掘り出されたか、あるいは地下深くから水分子が拡散して表面に出てきたものかもしれない。

(文:中野太郎)