エンケラドスの海を模した熱水環境でペプチド合成を再現
【2019年11月5日 慶応義塾大学】
地球の生命の起源と進化のシナリオを考える上で、有力視されている仮説の一つに「生命の化学進化仮説」がある。この仮説では、生命が誕生する過程で、まずアンモニアや二酸化炭素などの無機物の組み合わせからアミノ酸などの単純な有機物が合成され、アミノ酸が重合してペプチドとなり、さらに複雑な有機物が合成されてくる過程で機能を持って生命の基となったと説明されている。
地球の場合、この一連の反応が起こり生命誕生の場の有力候補と考えられているのは、海底熱水噴出孔だ。海底熱水噴出孔は現在でも世界中の海底に存在しており、太陽光に依存しない独自の化学合成生態系が存在していることも明らかになっている。
生命の化学進化仮説の最も重要なところは、有機物と水、エネルギーが存在すれば、初期地球環境でなくとも生命が誕生できるという点だ。そのような環境は地球以外に存在するのか、そこで生命が誕生できる可能性はあるのだろうか。この謎を解明するうえで注目されているのが、土星の第2衛星エンケラドスだ。
直径が500kmほどのエンケラドスには、氷で覆われた表面の下に、全球的に広がる海が存在している。その海水の一部はプリュームと呼ばれる間欠泉によって、宇宙空間に放出されている。土星探査機「カッシーニ」のデータから、プリュームには塩と氷で構成された固体成分のほか、アンモニアや二酸化炭素などの無機物質、さらに単純な有機物が含まれていることが示されている。また、プリュームにはナノシリカ粒子も含まれており、エンケラドスは今も摂氏90度を超える熱水を維持していることも明らかになっている。
これらのデータから、エンケラドスの海底では、今でも継続的に熱エネルギーを供給できること、有機物と水が存在しており生命が誕生したとされる地球の海底熱水噴出孔に類似した環境が維持されていることがわかってきた。しかし、これらの環境で生命の化学進化が実際に起こりうるのかは明らかになっていない。
慶應義塾大学先端生命科学研究所および海洋研究開発機構の高萩航さんたちの研究チームは、エンケラドスの熱水環境を実験室内で再現し、アミノ酸からペプチドを作るペプチド重合反応が起こりうるかどうかを調べた。模擬環境の温度は摂氏30~100度、圧力は200気圧とし、塩化ナトリウムやアンモニアなどの化学成分を再現した環境に6種類のアミノ酸を加えて反応実験を行った。
実験の結果、6種類のアミノ酸から、アミノ酸が2個繋がってできた有機物であるジペプチドが28種類合成されることがわかった。さらに、エンケラドスの海底の岩石はアミノ酸の重合反応を触媒していること、もし海底の岩石がなければ合成されるジペプチドの種類と量が著しく抑制されることも明らかになった。
今回の成果は、エンケラドスで海底の岩石を触媒として、単純な有機物であるアミノ酸から複雑な有機物であるペプチドへの重合反応が、現在も起こっている可能性を示唆するものである。エンケラドスに豊富なアミノ酸が存在する場合、生命の化学進化の初期段階がエンケラドス環境で駆動し、エンケラドスにおける有機物が多様化する可能性があることを実験的に示すものだ。将来のエンケラドス探査において分析すべき有機物のヒントともなるだろう。
〈参照〉
- 慶応義塾大学:土星衛星エンケラドス模擬熱水環境でのペプチド合成 ~地球外天体における化学進化の可能性に迫る~
- ACS Earth and Space Chemistry:Peptide Synthesis under the Alkaline Hydrothermal Conditions on Enceladus 論文
〈関連リンク〉
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