エンケラドスの氷粒子から新たな有機物を検出
【2019年10月8日 NASA JPL】
土星の衛星エンケラドスには、氷でできた地殻と多孔質の岩石からなる核の間に、液体の水をたたえた内部海が存在すると考えられている。内部海の海水は核の岩石に染みこんで熱せられ、海底から熱水として再び内部海に噴出している。この熱水は内部海の水と混ざり、氷地殻の割れ目から水蒸気や氷の微粒子となって宇宙空間に噴き出している。
今回新たに見つかった分子は、土星探査機「カッシーニ」の観測データを解析することで発見されたものだ。カッシーニミッションは2017年9月に終了したが、カッシーニで得られた観測データは引き続き数十年にわたって貴重な情報をもたらすと期待されている。今回、ドイツ・ベルリン自由大学のNozair Khawajaさんたちの研究チームは、カッシーニの宇宙塵分析装置(CDA)で得られた質量分析データから、エンケラドスから噴出する氷粒子に含まれる有機物の組成を調べた。
その結果、エンケラドスの氷粒子に、窒素や酸素を含む比較的分子量の小さな化合物が含まれていることがわかった。具体的には、ジメチルアミンなどのアミン類や酢酸、アセトアルデヒド、芳香族化合物などだと推定されている。
これらの化合物は、地球ではアミノ酸を作る化学反応の一部を担っている。アミノ酸は生命の材料となる物質だ。特に海底の熱水噴出孔の周辺では、熱水がこうした化学反応のエネルギー源となっている。研究チームでは、エンケラドスの熱水噴出孔も同じ過程でアミノ酸を生成する反応のエネルギー源となっているかもしれないと考えている。
「条件さえ満たせば、エンケラドスの内部海から出てきたこれらの分子は、地球のものと同じ化学反応の道筋をたどる可能性があります。地球外の生命にアミノ酸が必要かどうかはまだわかっていませんが、アミノ酸の材料となる分子が見つかったことはパズルの重要なピースであると言えます」(Khawajaさん)。
今回同定された有機物は、まずエンケラドスの内部海に溶け出した後、氷地殻の割れ目の中で、内部海の海面から蒸発して氷粒子の表面に凝結したものだと考えられている。この氷粒子が割れ目から上昇して宇宙空間に放出され、カッシーニで検出されたというわけだ。
今回の発見は、同研究チームによる昨年の発見を補足するものだ。これは、エンケラドスの氷粒子から分子量の大きな不溶性の有機分子が見つかったというものだった(参照:「エンケラドスで複雑な有機分子を検出」)。Khawajaさんたちはこの研究をさらに進め、内部海に溶けている有機物が、アミノ酸の生成を促すような熱水化学反応に必要なものであることを見出した。
「今回私たちは、前回よりも分子量が小さい水溶性の物質を見つけています。これらは地球の生命に必要なアミノ酸やその他の構成材料の前駆物質かもしれないものです」(ベルリン自由大学 Jon Hillierさん)。
「今回の成果から、エンケラドスの内部海が反応性の高い生命の材料物質を大量に含んでいることがわかりました。このことは、エンケラドスが生命に適した環境かどうかを調べる研究にとって新たな追い風となるものです」(同大学 Frank Postbergさん)。
(文:中野太郎)
〈参照〉
- NASA JPL:New Organic Compounds Found in Enceladus Ice Grains
- Monthly Notices of the Royal Astronomical Society:Low-mass nitrogen-, oxygen-bearing, and aromatic compounds in Enceladean ice grains 論文
〈関連リンク〉
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