他の彗星よりも暖かい場所で誕生したジャコビニ・チンナー彗星
太陽系が誕生した46億年前、生まれたての太陽の周囲にはガスやダストを含む原始太陽系円盤が存在し、その中で惑星や小天体が形成された。彗星は円盤中で、彗星氷の主成分である水が凍るような、およそマイナス120℃以下という低温の場所で誕生したはずであり、そのため多くの彗星は同じような組成比を持っている。
しかし、10月りゅう座流星群(ジャコビニ流星群)の母天体として知られるジャコビニ・チンナー彗星(21P)は変わり者として知られ、他の彗星と比べると複雑な有機物を豊富に含んでいることが明らかになっている(参照:「ジャコビニ・チンナー彗星に含まれる複雑な有機物の証拠を発見」)。複雑な有機物は比較的温暖な環境で作られると考えられていることから、ジャコビニ・チンナー彗星は他の彗星と異なり、暖かい場所で誕生した可能性がある。
京都産業大学の新中善晴さんたちの研究チームは、彗星に含まれる二酸化炭素が水よりも低温で昇華して失われるという性質に注目し、ジャコビニ・チンナー彗星の二酸化炭素:水の組成比を調べることで彗星の氷ができた環境が暖かかったかどうかを明らかにできるのではないかと考えた。そして、2018年に地球に近づいたジャコビニ・チンナー彗星をすばる望遠鏡の高分散分光器HDSで観測した。
彗星が発する二酸化炭素の光は地球の大気に吸収されるため、観測には工夫が必要となる。そこで研究チームは、水や二酸化炭素が太陽紫外線で壊されてできる特殊な酸素原子に着目した。この酸素原子は通常よりも高いエネルギー状態に励起されており、光を出すことで安定な低いエネルギー状態へと遷移する。この光は「酸素禁制線」という、地球のオーロラ発光で見られる緑や赤の光だ。彗星の「コマ」では、水から壊れてできた酸素原子は赤の禁制線を出しやすく、二酸化炭素から壊れてできた酸素原子は緑と赤の禁制線を同程度に放出するという特徴がある。そこで、酸素禁制線の緑と赤の光の強さを比べれば、二酸化炭素:水の比率を推定することが可能となる。
観測の結果、ジャコビニ・チンナー彗星の水に対する二酸化炭素の存在量比はおよそ1%であり、数%から30%程度である他の彗星と比べると特に小さいことが判明した。この「二酸化炭素が非常に少ない」という結果は、過去の観測で明らかにされた「一酸化炭素の成分比が低めである」こととも整合する。一酸化炭素は二酸化炭素よりもさらに低い温度で蒸発して失われてしまうからだ。
二酸化炭素の昇華温度は水よりもずっと低いので、環境が高温であるほど二酸化炭素が水に対して失われやすくなり、存在比が小さくなる。つまり、二酸化炭素が少ないという観測結果は、ジャコビニ・チンナー彗星が他の彗星に比べて暖かい領域で形成された可能性が高いことを示唆するものだ。高温環境で作られやすい複雑な有機物が豊富に含まれるという、これまでの結果とも矛盾しないものである。
原始太陽系円盤の中で木星や土星といった大きな惑星が誕生する際、その惑星の周りに存在する「周惑星系円盤」という小さなガス・ダスト円盤が衛星の誕生現場となっていた可能性があるが、ジャコビニ・チンナー彗星もこの周惑星系円盤で誕生したのではないかと研究チームでは考えている。周惑星系円盤は太陽から同じ距離の原始惑星系円盤中のガスやダストよりも暖められていたため、そこで誕生した彗星は二酸化炭素が少なく、複雑な有機物が豊富な彗星になったと推測されるという。
「今回の研究で、昔から特異な特徴を持つ彗星として知られていたジャコビニ・チンナー彗星の謎を一つ明らかにすることができました。今後は、さらにこの彗星の研究を続けるとともに、同じような特徴を持った変わり者の彗星を新たに見つけ出すことで、太陽系初期における彗星の形成環境を明らかにしていきたいです」(新中さん)。
〈参照〉
- 京都産業大学:オーロラの光で探るジャコビニ・ツィナー彗星誕生の現場
- The Astronomical Journal:High-resolution Optical Spectroscopic Observations of Comet 21P/Giacobini–Zinner in Its 2018 Apparition 論文
〈関連リンク〉
- すばる望遠鏡
- アストロアーツ 天体写真ギャラリー:ジャコビニ・チンナー彗星(21P)(2018年)
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